激動の時代のとある2日間を圧倒的な没入感で体感できるミステリー【書評】『ベルリンは晴れているか』深緑野分

この国は、もうずいぶん前から、沈没しかけの船だったんだ。

このミステリーがすごい!2019年版(国内編)第2位、週刊文春2018年ミステリーベスト10(国内部門)第3位、 2019年本屋大賞ノミネート、直木賞候補、第9回Twitter文学賞(国内編)第1位など、高い評価を受けている本書。
ある殺人事件をめぐる上質なミステリーとしてとてもおもしろいのはもちろん、戦時中〜戦後のドイツを舞台にした歴史小説としてもとても読み応えがある作品だった。

ドイツの戦後のとある2日間を描いた本編と、その2日間につながっていた戦時中を描いた幕間。
そのどちらもが圧倒的なリアリティを持って眼の前に迫ってくる感じで、読み進めるのが辛いところもありながら、それでも読むのをやめられない、すごいパワーを持った作品だった。

『ベルリンは晴れているか』のあらすじ

1945年7月。ナチス・ドイツが戦争に敗れ米ソ英仏の4ヵ国統治下におかれたベルリン。
ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域で米国製の歯磨き粉に含まれた毒により不審な死を遂げる。
米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼の甥に訃報を伝えるべく旅立つ。
しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になり――ふたりはそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩きはじめる。

『ベルリンは晴れているか』の感想

違う国の”戦後”、その圧倒的なリアリティに没入

まずなにより驚いたのは、これが翻訳した海外ミステリーではなく日本人作家の作品だという点。
海外の歴史的なとある瞬間を、ここまでのリアリティで描いている点が単純にすごい!
海外の翻訳ミステリーって、文章がとても読みにくいことが多いけれど、この作品の場合、書いているのが日本人ってことで文章は読みやすく、かつ海外文学で味わえるような世界観を堪能できるという点で、ちょっとお得な作品でした。

そんな本作『ベルリンは晴れているか』の舞台は、第二次世界大戦直後のドイツ。
ナチスによる暴走、ユダヤ人の虐殺といった史実は、これまでも映画や小説などで度々書かれていて、(こういう書き方は不謹慎かもしれないけれど)数々の感動を生んでいる。
例えば、映画で言えば『ライフ・イズ・ビューティフル』や『戦場のピアニスト』なんかは世界的にも文句なしの感動傑作。
小説で言えば『すべての見えない光』や『アウシュビッツの図書係』などは、近年高い評価を受けている。
こういった作品の舞台は、ナチス支配下のドイツで、いわばドイツ人自体が「悪」のような描かれ方になっている印象があって、「ドイツの戦争」といえば、まさにこのイメージだ。

しかし、この作品の舞台は”戦後”。
ドイツにかかっていた魔法はある意味で解けたばかりで、ドイツ人自体を「悪」と感じていた側が支配に回ったばかりの時代。
魔法が解けたドイツ人たちは逆に悲惨な目にあっている。

この”戦後感”が、僕に取ってはすごく新鮮だった。
というのも、僕は長崎の出身なので、子供の頃から習ってきた戦争は、アメリカという大国にとんでもなくひどい目に合わされたという被害者の歴史観。
戦後の連合国による支配も、ひどいことした国が支配しにやってきた、くらいの印象を持っている。
一方、本書で描かれるドイツの”戦後”は、完全に加害者の歴史で、ひどいことをした相手から復讐心を持った支配をされている歴史だ。
人類史上最も悲惨な戦争とも言われるスターリングラード攻防戦を戦ったソ連の支配など、そこに込められた敵意や復讐心は想像を絶するものだ。
もちろん日本だって一方的な被害者ではなく、世界史上で言えば加害者なわけで、”戦後”は同じように”加害者”として責められてきたところもあるんだけど、どうしても僕にとっての戦争のイメージは”原爆を落とされた被害者”というイメージが強く、本書で描かれているような加害者として責められて支配される世界というのは、今までにはない視点から描かれた「戦争」という感じ。
それが、とにかく新鮮だった。

戦争は悪いこと。
そんなことは誰でもわかっているんだけど、善悪ってなんなんだろう。
それを見失うのが戦争なのかもしれない、と、そんなことを考えさせられた。

軍の暴走に、国民は騙されていた。そう思うのは楽だけど…

ドイツと日本の”戦後”の違いとして、よく言われるのは、歴史認識の違い。
ドイツは徹底的に自国の歴史の恥部と向き合っているのに対し、日本は歴史問題を棚上げした、と。
もちろん、歴史認識はどう見るかによって姿を変えるものでもあるので、何が正しいかって簡単に言えるものではないので、国が歴史に対してどういうアプローチを取るのか?っていう点に関してはなんとも言えない。
ただ、「国民」としてとるアプローチとして、日本が戦争をしたという事実を、よく言われる「軍部の暴走」で片付けるのはちょっと違うんだろうな、ということは感じている。

本書でも、多くのドイツ人が戦後「わたしたちは騙されていた」というスタンスでいたことが描かれていて、そんなドイツ人を、以下のような表現で描いている。

この国は、もうずいぶん前から、沈没しかけの船だったんだ。どこがまずかったのか、どこから終わりがはじまってたのか、最初の穴を探し回っても、誰もはっきり答えられない。全部が切れ目なく繫がっているからさ。

船室にゆとりをもたせるために、邪魔な乗客を海に放り込んでいる、という噂が流れた時、俺たち乗客は甲板に出て、どんな様子か探ることだってできた。だけど下手を打って自分が海に放り込まれるのが恐ろしくて、船室に閉じこもり、この船がいかに美しく、自分たちは素晴らしい乗客であるかと教えてくれる話ばかり聞いて過ごした。

これって、おそらくは今の日本人に向けられているメッセージでもあるんだろう。
原発問題やアジア諸国との数々の問題。
日本人としてのほほんと眺めていい状況ではないはずが、どこかリアリティを欠いているような今の状況。
そんな状況を言い得ている表現なのだと思う。
そう、ぼくたちは第3者じゃないし、目を背けて耳触りのいい言葉ばかりに耳を傾けていても世界は変わらないんだよな。

ドイツを舞台に描かれた必然性。このメッセージは、日本の戦後を舞台にしていては伝わらなかった。

そう考えさせられながら、はたと気づく。
なるほど、作者がこの物語で伝えたかったメッセージが、上記したような「当事者意識を持つべき」というようなことだったとすれば、”ドイツの戦後”というこの小説の舞台設定にものすごく必然性があることがわかる。
日本の戦後を舞台に描くと、やれ左翼的だ、やれ右翼的だと、メッセージではなく”スタンス”が問題視されることが多い。
もちろんそれを意識的にやっている作品もあるんだろうけど、日本を舞台にするとどうしても”色”がついてしまう。
史実についても日本のことであれば皆それなりに知識を持っているので「そこはまちがっている」「この表現は諸説あるのに決めつけている」と考えてしまい、その思考がノイズになってしまうこともあるだろう。

でも、本書はドイツの戦後というあまり馴染みがない場を舞台にすることで、少しだけ距離を持って作品と向き合うことができる。
しかし、そこにあるのは日本人には馴染みのある「敗戦国の戦後」で。
それは近すぎず遠すぎず、実に程よい距離で過去と向き合うことできる世界。

遠すぎれば他人事だけど、近すぎると感情が揺れ動きすぎる。「なんか共感する」という絶妙な距離感を作ったこの舞台設定こそが、この作品の素晴らしいところだ。


ミステリーとしての感想がほとんどなくなってしまったけど、もちろんミステリーとしての賞を数々受賞していることからもわかるとおり、ミステリーとしてもかなり上質。
メインとなる2日間の合間に、戦争が始まった頃から終戦までの”過去”が幕間として挿入され、認識が二転三転していくストーリーは本当によくできている。
それでいて、そこに込めれた”日本人に向けたメッセージ”が見事にハマっていて。
文句なしの「傑作」でした!

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外国の歴史×ミステリーとしては、もう少しエンタメよりだけど『流』なんかも近いものがありましたね。

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ドイツを舞台にした小説といえば、近年ではやはり『すべての見えない光』が素晴らしすぎた。

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こちらは半分ドキュメンタリーの『アウシュビッツの図書係』も良かった。

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