2018年、心に残った本10冊

2018年もまあまあたくさん本を読みました。そんな中から心に残った本10冊をまとめました。
ご参考になればと思いつつ、あなたの今年のベスト本も教えてください。

今年のベスト本:『劇場』又吉直樹

泣いた、むせび泣いた一冊。

どこからどう見てもどうしようもないダメ人間な劇作家が主人公。そんな男が恋人を不幸にしていく話。
冷静にストーリーだけを追えばそんな物語なんだけど、そんな人間に対して、どこか”羨ましい”という気持ちを抱いてしまう。

僕も”芸術”に携わる大学を卒業し、今も広義の意味では”ものを作る”仕事をしていて。プロとしてやる以上、お客さんの意向もあるし、〆切もある。その中で、数々の”妥協”をしながらものを作っている。
作り上げるものに関しては、大学生の頃の自分よりはるかにクオリティーが高いし、周りからもそれなりの評価は受けているし、お金だってそれなりに稼いでる。
なんだけど、”大学生の頃の自分”が今の自分を「スゴい」「羨ましい」と感じるだろうか?というモヤモヤは常につきまとっている。

「あの頃の自分」や「芸術」や、つくりだす「作品」に対して、果たして今の自分は”誠実”といえるのか?

そういう思いを抱えながら生きている自分にとって、本作「劇場」の主人公はあまりにも眩しすぎる。
お金も稼ぎたいし、根本的に楽をしたい僕は、これからもきっと”妥協”し続けるだろう。そういう”賢さ”を、僕は捨てることはできないだろう。だからこそ、この主人公みたいな生き方に、思わず目を背けてしまうような、”負い目”を持っている。
物語を読んでいる間、ひたすらにその”負い目”や、自分の”不誠実さ”といった事実を突きつけられ続けて、自分には生きることができない理想的で誠実な生き方に、なんだか泣けてきてどうしようもなかった。

実は今年はこういう感情に心をグワングワンいわされる作品と数々出会った。
例えば大ヒットした映画『カメラを止めるな』。伏線回収のシナリオの面白さにフォーカスされがちだけど、あれは圧倒的なものづくりの熱量を描いた映画でもあって。
やはり自分の働き方、モノづくりへの向き合い方、さらには”生き方”というものが純粋さを失っているような気持ちにさせられて、心はグワングワン揺れまくった。
あとは、ビジネス書的なカテゴリーだと思って手にした『動画2.0』。この本もまた「お前はお前を生きているのか?」を突きつけてくるものすごくエモい本で、やはり”妥協”を日常にしていた自分にはグサグサと刺さりまくった。

これは今年こういう作品が多かったというわけではなく、完全に受け手としての僕側の問題。
社会人になって12年目。多分どこかしら間違っていたところがあったんだろう。そして、一巡りして何かを変えるべきタイミングなのだろう。

“あの頃の未来”に立つのに遅すぎることはないし、まだまだ世界を変えることはできるはず。空っぽなモノを作っている暇はないし、「なるほどですねー」なんて言って妥協するのは止めにしよう。そんなことを考える2018年だった。

と、そんなぶっ刺されまくった作品たちの中で、今年の一冊として『劇場』を挙げたのは、本作にはもう一つ大きなテーマがあったから。
それは「愛」。
この小説は恋愛小説なのだ。

「この笑顔が好きだったはずなのに…」
自分が好きになった人の、自分が好きだったところ。それを消していたのが自分自身だった、なんてことは、恋愛をしているとよくある。

僕と奥さんの場合も、他人から恋人になった日からもうすぐ16年。恋人から夫婦になった日からもうすぐ10年。もう随分長い時間を奥さんと過ごしてきて。
子どもも生まれて日々生活をしていると、毎日楽しいことも多いけど、”幸せ”以外の時間だってそれなりには増えてくる。

それが”当たり前の生活”と賢く理解して、そういう時間も受け入れていたけれど、それじゃダメだった。
「どんなときでも笑わせて、幸せを感じてもらうこと。」それは今も諦めてはいけないことだった。そんな当たり前のことを気付かさてくれたのも、本書『劇場』だった。

ものを作るという仕事の面、奥さんとの生活の面。
僕の人生の大部分を占めるこの両面で、ボコボコにされた感覚で、電車の中で本気で泣きそうになって。家に帰って夜独りになってからじっくり泣いた。声を出して。
ここまで感情を揺さぶられたのは久しぶりだった。

芸能人が書いた本ということでフィルターをかけていたかもしれないし、前作の『火花』にもちょっと否定的な気持ちを持っていたけれど、今回の『劇場』は非の打ち所がない。
僕の場合、この作品を受け取るタイミングが100点だったというのも大きく、万人に受ける作品ではないのかもしれないけれど、僕にとってはどうしようもないほどの傑作だった。

『七人のイヴ』ニール・スティーヴンスン

SF小説の中では今年ピカイチで面白かった。

ある日突然月が7つに分裂。調査の結果、分裂した破片は連鎖的に衝突を繰り返し、やがて月の破片が地球に降り注ぐ「ハードレイン」という現象が起こり、地球上での人類絶滅が避けられないことが判明する。そこで、厳選された人類を”箱舟”で宇宙空間へ逃し、ハードレインの影響が収まるまでの5000年間をやり過ごしてから地球に戻ってくるという一大プロジェクトを描いた作品。

魅力はなんと言っても3部作それぞれの味が変わっていく噛み心地だ。

第1部では”現在よりほんのちょっと先くらいの技術力”という制約の中で、「いかに大量の人類を宇宙空間に逃がすか?」を超絶ディテールで描く「プロジェクトX」的な魅力が。
人類絶滅という圧倒的な現実の前では「ブラック環境だ!」なんて言ってられない訳で。使い捨てになる人たちもいたり、閉所恐怖症持ちにはページをめくる手が震えるような描写があったりという過酷な労働環境。
それでも微かな人類希望の糸を紡いでいく、ノンフィクションを読んでいるかのような展開に燃える!

第2部、これが本作のメインエピソードとなるんだけど、これはもう第1部の世界からどかーんと展開していく展開に圧倒される。
宇宙空間になんとか逃げ出した人類たちを襲うのは繰り返す圧倒的なまでの「絶望」。その絶望を第1部以上の細かいディテールで描くので本当に息がつまるような苦しい展開が続く。
しかし、第2部の最後、その「絶望」からまさかの展開につながっていく。

これは映画なんかで特にそうなんだけど、僕は物語の終盤に「このタイトルの意味、そういうことだったのか!」的に判明する瞬間が大好き。
(映画なんかだと、ちょっとダブルミーニング的に展開してて、タイトルの真意が判明した瞬間いタイトルがドーンと表示されるのが好き。『ダークナイト』とか。)
この『七人のイヴ』もまさにそういうタイプの物語で、最初は「月が7つの破片に分裂した」というエピソードに絡めたタイトルだと思ってたんですけど、最後に衝撃的な展開でタイトルの意味がわかるんですよ!!
もう、この展開が最高!
そして、同時に「ここまででかいスケールの話だったのか」という驚愕も待っている。
SFはやっぱり広げる風呂敷がデカければデカいほど良いですね。

そして第3部。
実質これは本作のエピローグなんですが、まさかの5000年後!ハードレインが終了し生き延びた人類が地球に帰還するという話。
二次創作か?というくらいテイストが変わるのでちょっと戸惑うけれど後半にかけて面白さが再加速。これまで、数多のSF作品で繰り返し描かれてきた地球人と宇宙人の”ファースト・コンタクト”を、まさかこの物語の着地点としてこの角度で描くとは!!
テクノロジー的に”5000年後感”が乏しいのがちょっと微妙なところではあるんだけど、まあ宇宙空間の制約が厳しい中で地球上同じようなペースでテクノロジーの発展は望めなかったのかな?というのも、それはそれでリアリティですかね。

というわけで超満足のSF小説だったんだけど、唯一の欠点は、高い!
元々1冊の原書を3冊に分冊。それぞれ2000円くらいするので、高いのです。。。
これはもう翻訳SF、翻訳ミステリーの抱えた問題。英語読めるようになれっちゅう話ですね…。

『乱読のセレンディピティ』外山滋比古

ちょっと前の本だけど、今年読んで影響受けた本としてはこれを外すわけにはいかない。「これからどういう風うに本を読んでいくか?」という指針になる一冊だった。

「頭が良くなりたい」と常々思っているので、ちょっと無理して難しい本を読みがちで。中身ペラペラな本を読んだら文句の一つも言っていたけど、賢い本を読まないと賢いことが考えられないんだとしたら、それは読み手の僕が賢くないからに過ぎないな、ということにハッとさせられた。
そりゃそうよね。賢い人はペラペラの本からも賢いことを考えられるよね。
というか、賢い本を読んでると頭を使わなくても賢いことが考えられるので、むしろ知性は鈍っていってしまうじゃないか。

「知識と思考が相反する」という感覚。言語化されると「確かに…。」ととても納得感のある話だった。

読んでいるつもりの本に 呑みこまれて、自分を見失ってしまう。知識は得られても、みずから考える力は育たない。借りものを自分のもののように考えるのはよろしくない。本は風のように読むのがよい。

というわけで、これから本は風のように読む。よく読んで、よく忘れる。誰よりも多くのことを忘れる人間になろう、と決めました。
2019年は、大量の本をどんどん読んで、思考して、よく忘れよう。
「心に刻まれない言葉には価値がない」と割り切って、メモ取ったり線引いたりもせず。知識を得るためではなく、よく思考するために独善的な読書をしようと決めた。

『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』鈴木智彦

今年のノンフィクションはこれがダントツ面白かった!
『ヤクザと原発』でもおなじみの鈴木智彦さんの新作のテーマは”密漁”。
ヤクザの”シノギ”といえば麻薬とかのイメージが強いですが、”サカナ”も大きなビジネス源。『うなぎ鬼』という小説のイメージもあって、うなぎ=闇稼業みたいなイメージは持っていたけれど、アワビやカニなどを筆頭に食卓に並ぶ当たり前の食材も実は大多数が密漁品で、仕切っているのは暴力団という事実がかなり衝撃的だった。

築地から豊洲に移転したからといって根本的に浄化が進んでいるわけではない以上、結局市場にも当たり前のように密漁品が並んで、消費者も”密漁の共犯者”で、反社会勢力への資金提供の片棒を担いでいるんだなぁ。。。

実際、漁業をちょっと取材するだけで、密漁や産地偽装などの諸問題がごろごろ出てくる。叩けば埃どころではない。こびりついた垢に近い。漁業者にしても変えなければならないことは分かっている。だが、出来ないのだ。

処方箋は分かっているのに手が付けられない。

圧倒的な取材によって現実はわかったけど、じゃあどうするか?その答えは確かに見つけるのが相当困難そうだ。
ウナギの乱獲とか、商用捕鯨の再開とか、「日本の水産業大丈夫かよ?」と思うニュースも多いけれど、確かに綺麗事でどうにかできるほど簡単な問題ではない。
上辺だけを見ていると血迷っているようにも見える行政の行動にも、代替案が見つからない苦しさがあるのかもしれない、という新たな視点が手に入る一冊だった。
いやいや、「生きる根幹」でもある食の問題にここまでデカい闇があるとは。(とはいえ年末年始、お刺身やカニを食べてしまうのですが…)

『遺伝子―親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー

昨年でいう『サピエンス全史』枠。知的興奮ビンビン系は今年はこれ!シッダールタ・ムカジーの『遺伝子‐親密なる人類史』。
前著の『病の皇帝「がん」に挑む―人類4000年の苦闘』もすごかったけど、新作も安定の面白さ!
難しい内容なんだけど一気に読み進められるスリリングさと高揚感がある。

“遺伝子”というものが存在しないものとされた時代から、遺伝子が発見され、解明され、応用されていく歴史が丁寧に紐解かれていく。
生物学は前提知識があまりないので理解できていないところも多かったけど、興奮の繰り返しで紡がれていく歴史の追体験は本当に面白い。
(今年は『サピエンス全史』の続編にあたる『ホモ・デウス』も発刊されて超期待していたけれど、翻訳に時間がかかり過ぎたせいかすでに古くなっている情報が多く、ちょっとガッカリ感が強かったのも事実。一方で『サピエンス全史』や本作『遺伝子』は過去の歴史を書いたものなので、翻訳期間で情報鮮度が落ちてしまう心配はないので良い。翻訳本は未来を語ったものより過去を語ってるものの方がいいのかもしれないなー。ちゃんと英語の読解力をつける、というとこに向き合うべきなのかもしれないけど…。)

この『遺伝子』という本、カタい本なんだけどすごく”今っぽい”なと思うのが、「著者がなぜ遺伝学に興味を持ったのか?」から話が始まるところ。
遺伝学という一般の人からすると難しそうな学問に”自分ごと”として入っていくエピソードから始まることで、感情的にも物語に引き込んでいく。
“著者”という人物にフォーカスして、共感しやすいエピソードを導入に持ってくる感じ。何を言っているか以上に誰が言っているかが重要視されたり、”共感”が大きな潮流を生み出す”今っぽさ”が、こういう学術的な本にも採用されるんだなーという点も面白かった。

あと、すごくバカみたいなこと言いますけど、著者の「シッダールタ・ムカジー」っていう名前がバツグンにかっこいいですね。

『アウシュヴィッツの図書係』アントニオ・G・イトゥルベ

実話を元にしたほぼノンフィクションの小説『アウシュビッツの図書係』。
アウシュビッツを舞台にした小説や映画は繰り返し作られているが、何度触れても慣れることのできないエピソードだと改めて思う。
そんな地獄のようなアウシュビッツで、たった8冊のボロボロの本を命がけで守り、希望の光を繋いだ図書係の少女、ディタ。その少女を中心に、収容所の中で精一杯生きた人たちを描いた、絶望と希望が交錯する限りなく美しい物語だった。

本が好きな人にとっては、本を読むということの尊さや、これだけ自由に好きな本を読めることの幸福を再確認できる本でもあり。逆に、本を”消費”するように読んでいることにちょっと罪悪感を覚えるような内容でもある。

ちょうど、この小説を読む前に前述した『遺伝子』という本を読んでいて、遺伝学の序盤ではやはりナチスが進めていた”優生学”が主役の時代があって。
『アウシュビッツの図書係』では死の天使として恐怖の象徴として描かれているヨーゼフ・メンゲレの実験が『遺伝子』の歴史の中では確かに重要な意味を持っていたりして。
ナチスの悪行が暴かれ”優生学”自体の誤りが明らかになったあとも、どこか悪役を”ナチス”だけに押し付けた形で有益な実験データだけはその後の”正しい歴史”の礎の一部を担っていたりしちゃっていると、「本当に悪いのは誰なんだっけ?」なんてことも考えずにはいられなくて。
ちょうど1つのエピソードをミクロ(アウシュビッツの図書係)とマクロ(遺伝子)で見せられたような感覚といいますか。
ありふれた表現だけど、歴史という”流れ”で語られるものの中に、こういう眩いまでに生き抜いた人たちがいるんだよな、という生々しさを改めて教えられた。

これは歴史に限らず、今海外ニュースなどで伝わってくる「どこか遠いところでの悲劇」も同じで。マクロな視点での事実ももちろん必要だけど、そこに生きている一個人にもこんなにも大切なものがあって。
そんなミクロな視点も無くさずに世の中を見れるようにならないとな、なんてことを考えさせられる一冊だった。

WEB+DB PRESS Vol.107

急に雑誌!という感じだけど、それくらいインパクトのある1冊だった。
UIデザイン界隈で最近注目を集めているオブジェクトベースUI設計(OOUI)の特集が組まれた号で、ちょうど興味を持っていた僕にとってはエントリーレベルの超良い感じの特集だった。

「UIの使いにくさはどこから生まれるのか?」という問題に対する面白いアプローチで。
人間(ユーザ)中心のデザインとは全く違うアプローチが今まで自分の中になかった考え方だったんだけど、「人の気持ちがわからない」「人間味がない」と言われがちな僕にとってはユーザ中心のデザインよりもむしろ考えやすい設計方法だと思う。
(もちろん使うのはユーザーなのでユーザーのことを考えなくていいわけではないですよ)
まだ全く自分のものにはできていないけれど、2019年は自分発のプロダクトには採用できるように勉強を進めたい。

OOUIはその名の通りオブジェクト指向プログラミングとの親和性が高いと言われているけれど、iOSアプリの開発ではちょっとパラダイムが変わってきて、Swiftでの開発はオブジェクト指向よりプロトコル指向なところもあり、このへんうまいこと自分なりに噛み砕いてものにしていきたいところです。

『血の轍』押見修造

どエライ漫画です。

いわゆる”毒親”を描いた内容で、支配する母親と支配される息子を描いているんだけど、もう、怖い!
エピソードと絵の相性が抜群に良くてとにかく恐ろしい。
特筆すべきは、汗の表現。うだるような暑さの中に、女性のエロさがじっとりと出てくるところの表現力が凄まじい。
惡の華やハピネスでもそのフェチっぽさはあったけれど、物語・エピソード自体の湿度との相性が本当に良いせいか、いままでの作品には感じなかった「なんかすごいものが生まれてしまった」感に興奮する漫画だった。
健康な時でも1冊読むとドッと疲れる作品なので、体調悪い時には読まないほうが良いかもしれませんね。。。

僕も二人の子供を育てる親として、子供に対して”執着”と言えるほどの愛情を注がないように気をつけなければ!と、考えさせられた。まだ完結していないので、2019年も引き続き読み続けようと思います。怖いけど。

『坂の途中の家』角田光代

読んでいる途中から「ああ、これはもうこの小説を読む前の自分には二度と戻れないぞ」という感覚をビンビンに感じる小説だった。

裁判員裁判の補欠裁判員に選ばれた主人公が、加害者の女性に自分自身を投影しながら事件の本質に迫っていく物語。
「自分も一歩間違っていたら同じだ」「娘を殺した母親は自分かもしれない」という過剰な共感により、日常と非日常の境目を失っていく。

主人公の共感力と妄想力が高すぎるというか、あらゆるエピソードがナチュラルに「娘を殺した母親は自分かもしれない」につながっていく性格で、夫や姑の発言もすべてがネガティブな方向に向かう。
序盤〜中盤までは「この夫、最悪やな」と主人公に共感しながら読んでいたものの、だんだんついていけなくなるというか、逆に夫の方に感情移入してしまって。
結果、僕自身の日常生活においても、奥さんとちょっとした会話を以前と同じようには受け取れなくなってしまった。
「今の自分の発言、モラハラっぽくなってたんじゃないか?」とか、「今の発言、こういう風に受け止められるんじゃないか?」とか。
逆に、「奥さんの今の発言の裏側にはこういう意図があるんじゃないか?」とか。

そういう意味で、「もうまともにコミュニケーション取れなくなっちゃうよ!」という後遺症が残るような劇薬小説。
エピソードとして面白いのはもちろんだけど、こうやって日常生活に痕跡を残してくるような小説という意味で、今年読んだ本の中でも “印象”は抜群に強い。

まあ、こういう「迷い」にフタをして気づかないふりするのが、夫婦生活をうまく続けていく秘訣なのかもしれないですね…。

わたしのこと

おじさんは悲しいです。

2018年の読書環境:AudibleとKindle Oasis

2018年の読書を振り返る上で、「読んだ本」と同等にインパクトがあったのが読書環境。
Audibleというオーディオブックサービスを本格的に使い始めたのと、6年ぶりにKindleを買い換えたのは大きかった。

AudibleはAmazonがやってるオーディオブックサービスで、月額制と個別課金の両方で攻めてくるのでちょっと割高感はあるけれど、外を歩いている時も本が読めるというのは最高だ。

まだまだ取り扱ってる本は少ないしジャンルも偏っているけれど、サービス自体はよくできている。
返り読みがやりづらいのが難点ではあるし、聞き逃したりもあるので、目で読む読書の代替ではないけれど、例えば「いつか再読したい」と思っていて手をつけられていなかった本などを読んだり、流行っている本をとりあえずサクッと吸収しておきたい時とかには良い。

一方で歩いている時も読書時間にしてしまうと「考え事」をする時間がどんどんなくなってしまっている気もする。これはけっこうよくないことなのかも、という気もしている。。
とはいえインプットが増える魅力には抗えず、どっぷりとAudibleでチェインリーディングみたいな状態です。
ちなみに、目で本を読みながら、耳からは違う本を聴けないか?とチャレンジしてみたけど全く無理だった。やはり僕はシングルタスクのようです…。これができるとインプット量が2倍になるんだけどなー。。。

あとはKindleを初代のPaperwhite(2012モデル)から、Kindle Oasisに買い換えたのもとても大きかった。
電子書籍リーダーとしての本質的な機能は一緒なのに、無印Kindleの3倍以上、Paperwhiteの倍以上の価格で、コスパは最高に悪いんだけど、何と言ってもページ送りに物理ボタンが使えるというのがそれだけで大満足!

Kindleは画面をタップしてページをめくるんだけど、E-Inkはレスポンスが悪いので使っていて気持ちよくない感覚がずっとあったんだけど、Oasisは画面横の物理ボタンでページの送り・戻りができる。
これでユーザー体験としての満足度が格段に上がるのです!!

画面の明るさとか、細々した性能ものもちろん高いんだけど、実質的にはこの物理ボタンがKindleとOasisの差。
それでこの価格差はデカい!!とけっこう悩みどころなんだけと、普段からKindleをよく使っているという人にとっては十分元が取れるだけの満足度が得られるはず!

なんでもアプリの時代だけど、専用端末+物理ボタンの使いやすさを痛感。
ウェブやスマホアプリという超”汎用”な環境を仕事にしている身として、この満足度は色々と考えさせられるものでもあるのです…。

というわけで今年ここのに残った本10冊でした。
来年は「乱読のセレンディピティ」の影響で読書量をがーーっと増やそうと思っているんだけど、果たして心に残る本の数は増えるのか減るのか変わらないのか?
そんな実験を試みつつ、また素敵な本との出会いを期待したいと思います!