ONE FOR ALL, ALL FOR ONE!孤独に打ち勝つ知的なポジティブネス! 映画『オデッセイ』ネタバレ感想

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アカデミー賞で7部門にノミネートされ、今年の最注目作の一つである『オデッセイ』。さっそく観てきました。
いやー、猛烈におもしろかった。
何と言ってもこの映画、悪い人が出てこない気持ちいいヒューマンドラマなんですが、頭が悪い人も性格が悪い人も意地が悪い人も出てこないんですよ。
こんな世界で生きていきたい。せめて、少なくとも自分のまわりだけはこういう社会を育んでいきたい。そう思える素敵なドラマでした。

あと、子どもが生まれてからほとんど映画を観なくなったので、映画情報もほとんど入って来ず。事前情報はほとんどなしで、リドリー・スコット監督作品ってことすら知らずに鑑賞したんですが、エンドロール観るまでリドリー・スコット作品ってことに気づかないくらい過去作品と印象が違う映画。
78歳にしてこんなにもフレッシュな映画を撮れるってマジでどんだけの才能なんだ!!

『オデッセイ』の作品概要

2015/アメリカ 上映時間:142分 G
原題:The Martian
配給:20世紀フォックス映画
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、クリステン・ウィグ

<あらすじ>
火星での有人探査の最中、嵐に巻き込まれてしまったワトニー。仲間たちは緊急事態を脱するため、死亡したと推測されるワトニーを置いて探査船を発進させ、火星を去ってしまう。しかし、奇跡的に死を免れていたワトニーは、酸素は少なく、水も通信手段もなく、食料は31日分という絶望的環境で、4年後に次の探査船が火星にやってくるまで生き延びようと、あらゆる手段を尽くしていく。

感想

90 100点満点 scored by ultimate-ezオデッセイ

というわけで、物語の面白さと、監督の才能のレンジにときめいた本作『オデッセイ』。
予告編などからわかるように、火星での生活を描いたSF映画なんですが、一大ジャンルである”SF”界において、なかなか独特な立ち位置の映画でした。

まず、SFと言えば科学検証をしっかりした“リアリティー”路線と、荒唐無稽な“ファンタジー”路線で大きく分類することができると思います。
リアル路線の傑作と言えば近年だと『ゼロ・グラビティ』。
もちろん本当に科学を知っているひとからすれば科学的に間違っている箇所はあると思うんですが、一般的な観客に対しては圧倒的なリアリティを提供してくれる映画でした。
他にはほぼノンフィクションの『アポロ13』とかもそうですね。

一方のファンタジー路線で言うと、宇宙人が出てくる映画ほとんどそうなんですが、スターウォーズなんて科学的に正しいところなんてほとんど無いと思うんですが、超おもしろい映画で。
あとは、前者で『アポロ13』を挙げたので、カウンターとして『アポロ18』なんかも挙げておきましょう。

このリアリティー⇆ファンタジーの軸の上にいろんな映画が分布していると思うんですが、例えば近年の傑作SF映画『インターステラー』なんかは科学的なリアリティーと、やや荒唐無稽な物語のダイナミズムがうまく混合された超バランス型の傑作だったんじゃないかと思います。

その中で『オデッセイ』をマッピングするとすれば、『インターステラー』よりはファンタジー寄り。
最低限の科学的リアリティはあるものの、つっこみどころもそこそこありまして。
例えば火星の重力を再現する感じはないし、宇宙船ヘルメスのフォルムはスタートレック的と言いますか、宇宙ステーションならわかるけど航行する宇宙船がその形ってあり得るのかな?と思える(ただし超かっこいい!)デザインでした。

<参考>
―生きろ。 映画『ゼロ・グラビティ』<2013年マイ・ベスト映画> ネタバレ感想
“これでいい”のちょっと上。まさに見たかったスターウォーズだった! 映画『スター・ウォーズ フォースの覚醒』もぎたて感想
何がしたいんだ?オブ・ザ・イヤー2012 映画『アポロ18』ネタバレ感想
小さな愛だけが、やがて世界を救う。 映画『インターステラー』ネタバレ感想

また、SFにおける“リアル”の反対に当たる表現として、”ファンタジー”という方向性と別に“アート”路線という軸もあると思います。
たとえば伝説的な名作『2001年宇宙の旅』では、シーンごとに宇宙ステーションの回転速度が違っているというのは有名な話。
回転速度が変わればステーション内の環境が変わるので科学的にはあり得ないんですが、実は流れている音楽『美しく青きドナウ』のテンポに合わせて回転速度を変えているんです。
「科学的なリアリティーよりも美的な表現を優先する」。
これもまた映画としては非常に正しいアプローチだと思います。
そして、リドリー・スコット監督と言えば、代表作の『エイリアン』『ブレードランナー』を思いだしてみても、間違いなくアート路線SF映画の監督だったと思うんです。

しかし、本作『オデッセイ』はリアル路線⇆アート路線の軸の上で見れば限りなく「リアル路線」。
だからこそ鑑賞中にリドリー・スコット監督作品ということに気付けもしなかったんですが、78歳でこれほど大きく作風を変えることができるって本当にかっこいい!

そんなわけで、荒唐無稽なファンタジーでありながらも、表現としては科学的リアリティーにもあふれた本作。
どこにでもありそうで意外に類似作品がない独特なポジションに位置する映画で、新鮮さを感じる映画でした。

これって原作がウェブ小説ってところにポイントがあるのかも。
日本でもここ数年はラノベが人気ですが、ラノベって昔からの文学好きにはバカにされがちなジャンル。
でも、そこから新しい表現が生まれているのは間違いない事実です。

そういう新しいカルチャーの誕生は日本文学だけじゃなく世界中でも興っていて、本作の原作『火星の人』もそうですし、昨年は『ウール』『シフト』『ダスト』のサイロ三部作もKindleのダイレクトパブリッシングから爆発的にヒットしました。
そうやって、従来と違うルートで新たな才能が世に出るというのは世界中で当然のことになりつつあり。そういうサブカルチャー的な新しい才能を受けて、映画というメインカルチャーも変わっていくというのは本当にワクワクします。

そんなワクワクに溢れる新しいカルチャーの登場を感じるという意味でも、本作『オデッセイ』はうれしい作品でした。

映画『オデッセイ』ネタバレ感想

序文のつもりがすでに結構長くなってしまいましたが、なんていうか本当に”フレッシュさ”を感じる映画だったんです。
その原因の一つが上述した物語自体の新しさ。
そして、加えてキャラクターのさわやかさも非常に重要なポイントです。

というのもこの作品、悪い人が一人も出てこないんです。
“悪い人”というのは善悪という意味での悪人はもちろん、頭が悪い人も出てこないし、性格が悪い人も出てこない。
SF映画といえば、だいたい保身に走るバカでクズな人間が一人くらい出てきそうなもんですが、本作は全員が良い人で頭が良くて、人格者です。

一人だけ”悪役”ではなく“憎まれ役”としてNASAの長官テディが出てくるんですが、ちょっと不条理に見える箇所はあるけれど、彼なりの事情も理解できるといいますか。。

たとえばガンダムの有名なセリフに「あんなもの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」というものがあります。
ジオングという機体の不完全さを指摘された際に名も無き整備兵が言うセリフで、若いときは「そうそう、偉い人はそういうもんなんだよ!」と共感してりもするんですが、30代になり社会的な立ち位置が変わってくると、「量産して陸地などにも配備する場合を想定すると足は必要になってくる。一機体を観ている整備兵には戦局全体を観る偉い人の思考がわからんのですよ!」という気持ちにもなっちゃうわけで。
あー、また話が脱線しちゃってますけど、あくまでテディの存在は一個人から見たら嫌な奴に見えるというポジションに過ぎないわけです。
だから、この映画には”憎まれ役”はいても”悪い人”はいないってことなんです。

そんな”悪なき世界”を象徴するのがもちろん主人公のワトニー。
予告編を見ると、「すごくポジティブで、どんな困難な状況にも持ち前のサバイバル能力で前向き立ち向かう人」みたいなイメージを持つと思うんですけど、実際はちょっと違っていて。

例えば、すごくポジティブに、困難をジョークで笑い飛ばしながら生き抜いていく。
事実としてはそうなんですけど、彼の本質はそうではないんです。
孤独な状況には本当に苦しんでいるし、寡黙に火星の夕日を眺めたり、ラストシーン直前ベンチに座ってコーヒーを飲む姿こそがおそらくは彼の本質。
ただ、ああいう極限な状態で自分がどうふるまえば生存率を挙げられるのか。
それを冷静に考え抜いた結果として、自分自身に対してもポジティブさの魔法をかけているんです。

根っからのナチュラルボーン・ポジティブ野郎っていうのも世の中にはいますが、そう人ってどこかちょっとバカっぽいといいますか。
物事を深く考えてないだけのようなイメージがあるんですが、ワトニーはそういう単純なポジティブ野郎ではないんです。

自分が置かれた状況において”孤独”に蝕まれることがどれだけ危険なことかを認識し、その”孤独”に立ち向かうために”ポジティブ”であることを選択しているといいますか。
極めて知的に、ある状況に置いてポジティブにふるまうことの効用を理解したうえでポジティブにふるまっているという感じ。
本来は他者へのサービスとして振舞われる”ユーモア”を自らを守る武器としても機能させているんです。

嫌味もいうし、暴言も吐く。でも本質的には知的で優しい。それがワトニーという人物で。
このキャラクター設定が斬新で、愛おしく感じました。

映画『火星の人』ネタバレ感想

自分自身にもポジティブな”嘘”をつき、生き抜こうと立ち向かうワトニーですが、仲間への想いもやはりステキ。
仲間との通信は常に皮肉やジョークにまみれていますが、常に相手の気持ちを慮っていて。

一方の仲間もみんなそういうタイプの奴らばかり。最初に通信を交わすマルティネスなんか、ワトニーへの気遣いはもちろんのこと、ワトニー置き去りの責任を誰よりも感じている船長メリッサの気持ちをも汲んだメッセージを送るのがステキすぎます。
自分たちの犠牲を全く気にせずにワトニー救出を決めるシーンもたまりません。

ワトニーももちろん自分を置き去りにしてしまった仲間の罪悪感を誰よりもケアしていて、自分が死んだときのことも考慮に入れたメッセージを送る際も、常にメリッサや他の仲間への想いを忘れていない。
そんなワトニーだからこそ、国境を越え、世界中の人間に愛され生還を望まれる壮大な”愛”を生むわけで。
すごくベタな表現ですが、「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」をドストレートに表現していて、単純すぎるのかもしれないけど、本当に心が洗われるような映画でした。
こんな”みんないいやつ”な世界なんて、それこそ最大のファンタジーなのかもしれませんが、「ああ、この世界っていいなぁ」と思わずにはいられませんよ!

全世界をこういう思いやりに満ちた優しい世界に変えるのは無理なのかもしれませんが、自分自身がワトニーのように知的なポジティブさを持つことはできるはず。
そしてそうなれば、自分のまわり半径5メートルくらいの世界は優しい世界にできるのかもしれないなーなんてことを考えてしまいました。

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そんな本作『オデッセイ』で僕が一番好きなシーンは、ワトニーが初めて地球と通信に成功したことを理解して喜びを全身で表現するシーン。
現状手元にある機材と自分の知識を総動員させて通信に成功し、地球からのメッセージを受信する。
つまり”誰かとつながった瞬間”の心からの喜びが本当に素晴らしかった。
やっぱり人が生きていくうえでもっとも報われる瞬間って、誰かとつながる瞬間なんだなぁと、そんな当たり前の事実に気づかされました。

実は、今、僕はひとり暮らし中。
奥さんが第2子出産のため息子を連れて里帰り中で、超孤独です。
もちろん毎日テレビ電話をしているので孤独を育む時間は全然短いんですが、それでも電話が繋がった瞬間の喜びは、なんとも言葉にできません。
そんな自分の状況があるからこそ余計に共感してしまったのかもしれませんが、やっぱり生きていくうえで”孤独”にまさる苦痛は無く。人間関係に苦労はありますが、誰かとつながって社会を作っていくことこそが幸せなのかなぁと思わされました。

そんなわけで大絶賛の本作ですが、最後に少しだけ気になった点も。
一つは「オデッセイ」というタイトル。
オデッセイといえばギリシアの抒情詩『オデュッセイア』が語源の言葉ですが、『オデュッセイア』の内容って超ざっくり言うとオデュッセウスが経験した数々の苦難のの物語なんですよ。
原題の「The Martian」は直訳すると火星人。原作の邦題は『火星の人』ですが、これは明らかにワトニーのこと。
一方『オデッセイ』だと、これヘルメスの物語になりませんか?
いやまあ、ワトニーも当然地球→火星→地球の旅はしてるんですが、旅シーン全カットされてるわけじゃないですか。
『オデッセイ』ってこれ、誰目線でタイトルつけとんねん!っていうのは気になりました。

あと、これは完全な言いがかりですが、一昔前なら途中で協力体制を組む国は日本だったはずなのに、中国にとってかわられちゃったなーなんていうもの悲しさも感じたり。。
欧米から見た「勢いがあり、オリエンタルで神秘的な魅力もある国」は、もう完全に日本ではなく中国なんだよなぁ…。
(まあでも中国はまじめに火星有人探査狙ってるからリアリティーはあるのかも。ただ現状の火星探査で言えば、日本は火星の軌道に探査機を乗せるの失敗したけど、中国の蛍火1号よりはいい線いってたと思うんだけどなぁ。。)

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というわけでわずかな不満はあるけれど、トータルとしてはものすごい満足度だった本作。
『ゼロ・グラビティ』とか『インターステラー』みたいに、観た後に誰かと語って盛り上がれる映画というよりは、自分の中で何度も吟味したい映画という感じ。(こんだけ長文をつづった後ではまったく説得力ないですけど。。)。

そして、自分がこれからどう生きて、どう人と関わっていきたいのか、という社会性生物”人間”としてのすごく根源的な問いに対する一つの解として、すごく参考になる映画なのでした。
そういう意味では完全にヒューマンドラマなので『ゼロ・グラビティ』『インターステラー』ほど、3D必須、IMAX必須な映画ではありません。
自分の中で一番居心地の良い映画館で鑑賞するのがオススメの映画なのでした。