やっぱりきみがやっちゃ……いけない気がする 映画『寄生獣』ネタバレ感想

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信者というほどではないもののかなり大好きな漫画『寄生獣』がついに実写映画化!
もちろん“待望の”なんて枕詞がつくこともなく、「ついにこの日が来てしまったか。。。」という絶望的な気持ちでいっぱいだったんですが、発表されたキャストのなかなかのハマり具合に僅かに期待の気持ちも盛り上がったりして。
でもまあ、とはいえ監督がなぁ。。。ということでやっぱり絶望的な気持ちでいっぱいになったものの、予告編のVFXは想像以上の仕上がりでやっぱりちょっと期待。

そんな感情のアップダウンに心が壊れそうだったので、公開後すぐに観に行ってきたんですが、、、
結果から言うと、「想像していたよりは全然面白かった。期待以上の出来といっていい!でもまあ、後篇は映画館で観ようとは思わないな~」
我ながら、そもそもの期待のハードルをどこまで低く設定していたんだろう?っていう感想なんですが、まあ、そんな感じでしたよ。

作品概要

2014/日本 上映時間:109分 PG12
配給:東宝
監督:山崎貴
出演:染谷将太、深津絵里、橋本愛、東出昌大

<あらすじ>
ある日、人間の脳を乗っ取って肉体を操り、他の人間を捕食する「パラサイト」と呼ばれる謎の寄生生物が出現。
平凡な高校生活を送っていた泉新一も、一匹のパラサイトに襲われる。
しかし、新一の脳を奪うことに失敗したパラサイトは、そのまま右腕に寄生し、自らを「ミギー」と名乗って新一と共生することに。
当初は困惑した新一も、次第にミギーに対して友情に近い感情を抱くようになるが、やがてパラサイトと人間とが殺し合う事態が発生。
新一とミギーもその争いに巻き込まれていく。

感想

27 100点満点 scored by ultimate-ez寄生獣

というわけで、「思っていたよりは良い出来だったけど、まあ、ダメですね。」というのが、極めて素直な感想だった本作。
まずは、“思っていたよりは良い出来だった”という部分を語りましょう。(ネットとかでもほとんど褒めてる意見を聞かないんで、まあ、せっかくですから。)

まず、本作を観るにあたって一番不安だったのは、ミギーの声優が阿部サダヲだってところ。発表の時点でもっとも深い絶望を感じたのがこのキャスティングでした。
というのも、(あえて書くまでもなく誰もが感じたことでしょうけど)阿部サダヲさんが演じることで、ミギーがコミカルになってしまうんじゃないかと思ったわけです。
ミギーと新一の関係って確かに友情や信頼関係も芽生えるものの、決定的なところでは“異種”である必要があって。かつミギーの性格は知的で冷静沈着。コミカルでちょっとアホっぽいイメージの役が多い阿部サダヲの声で、ちゃんとミギーを演じられるのかっていうのは超不安でした。
でも、いざ蓋を開けてみればこれが意外にも不自然じゃなかった!
もちろん、原作に比べると友情関係に寄り過ぎで、ただの小粋な相棒になっている気もしますが、それでも“異種”としての存在感はしっかりキープできていたと思います。
まあ、完結編にあるであろう「これが……死か……」のあの絶望感を出せるのか?という疑問は残るんですが…、たぶん完結編は見ないので良いことにしましょう。
さらに言うと、後述する原作との差分のせいで、映画版の新一くんにはあまりにも味方がいないんですよ。だから、せめてミギーくらいは原作よりも友達寄りのバランスに変更してあげるくらい許されるんじゃないかとも思っちゃいました。

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さらに、予告編で感じたとおりVFXは結構がんばってるな、という印象。
パラサイトたちの“肌”っぽい質感の気持ち悪さは想像以上だったし、原作の魅力でもある解剖学を無視したような変形シーンの再現度はかなり高かったと思います。
さらに、パラサイトが硬化した部分の表現も、原作での金属っぽい表現ではなく、半透明で生物感のある表現になっていて。これは“実写映画”という表現の中に置いて、説得力のある表現だったなぁ、と思いました。

また、原作モノの映画では避けられないストーリーの改変ですが、これも”一部は”うまくいっていたように思います。

例えば、新一くんが美術部に所属していてお母さんの絵を描いているエピソード。
わかりやすく新一くんからお母さんへの想いを表現できるとともに、級友に冷やかされて絵を消す場面で油画を溶かす溶剤の存在を見せていて。終盤の島田事件で、薬品によって暴走する場面で劇薬が手元にある必然性の布石にもなっているあたり、わかりやすくつながっているなぁと。

……。

とまあ、頑張ってみましたが、褒めるのはこれくらいが限界です。。。
あとはもう不満しかないわけですが、細かいことは言い出すときりがないくらいあります。

それこそ、オープニングの時点で、パラサイトの幼体の動きを見た時点で、「うわー、ダメだこりゃ」と思わせてくれる映画ですから。
(どう考えても「生物の脳を奪う」というシンプルな行動ではなく、しっかりと状況確認しながら知的な動きを見せています。あれでイヤホン付けてたくらいで脳を奪うの失敗するんかい!)

変形した右手を人目に晒しまくる新一&ミギーコンビのミギーの存在を隠す気ゼロっぷりもひどいもんだし。

なので、ここは決定的にダメなところ2点に絞って言及させていただきます!

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ここがダメだよ実写寄生獣① お父さんがいない!

マジかよ!と思いました。
これは僕が男で、息子がいて。「父と子」という関係性に思い入れがあるせいもあるのかもしれませんが、ここを母子家庭にするメリット、ありますかね?
いやもちろん、話の展開を加速させる意味で、母親が襲撃されるのを近所での出来事にまとめるという価値はあるんですが、その結果生まれた破綻の方が多くなっている気がします。

例えば、復活後の新一くんが母親の形をしたパラサイトへの復讐のために家を飛び出していくシーン。
偶然出会う村野里美を振り払い飛び出していくわけですが、原作であれば行先は父と母が襲撃された場所。父親への危害が懸念されたため父の元へと向かったわけです。

さて、ここで問題です。一体映画での新一くんはどこへ向かったでしょうか?
答え:適当に町をうろうろする。

なんじゃそりゃ?
そしてそこでミギーがこう言うわけです。
「えらく非効率的だな!」
何を、俺の気持ちを代弁してくれとんねん、ミギー!!
なんでシナリオに対するそんな的確なツッコミを登場人物に言わせるの?自虐なの?

さらに、最終的に母親の形をしたパラサイトと再開し対峙するために、原作にはないいろんな展開を必要としていて。
お母さんが襲われた理由がただの偶然なので、新一くんが自責の念を募らせることもなくなっちゃってますしね。
結果的に映画の尺におさめるための改変であれば納得もできるんですが、この改変、まったく意味があったと思えません。

さらに、原作における父親の役割って(僕の「父と子」への思い入れがあるにせよ)かなり重要なものだと思うんですよ。
あの父親って、良くも悪くも限りなく“人間”で。
自分の目で観たものを信じられず都合のいい意見にすがりそうになったり、息子に向かって「お前の心は鉄でできているのか?」なんていうヒドイ言葉をぶつけるような“弱き者”なんですが、それでも最後まで息子を思い、強い気持ちで戦い続けた大人の一人なわけで。
まさに、“強さ故の弱さ”を持ったパラサイトの真逆に位置する、“弱さ故の強さ”を持った“人間”そのもの。
そして、それは人間とパラサイトの間で、混じりながら揺れ動く新一くんにとって、人間側で待つ揺るぎない灯台として存在していたと思うんです。

その灯がない実写版の新一くんは常に孤独。
ミギーとの関係性が原作よりも友達(相棒)っぽくなっちゃってるのも許してしまいたくなるくらいに孤独なんですよ。
うーん、なんでお父さんがいないのか、やっぱりよくわかりません。

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ただ、そんなことすら瑣末なことに思えてしまう決定的にダメなところが、ラストの展開にあります。

ここがダメだよ実写寄生獣② お母さんとの決着がクソ。愛のミラクルパワーで解決。

お父さんと同じく、実写版には原作の主要キャラで登場しない人物がいます。
それは、顎がパラサイトの気のいいおじさん・宇田さん。
実写化にあたりキャラクターが増減するのは”実写化あるある”ではあるんですが、こと寄生獣において宇田さんを外すというのは考えられないことなんです。

新一くんにとって「まったく同条件でものを考えられる唯一の味方」という意味でも重要なキャラですが、それ以上に、宇田さんには物語上決定的に重要な役割がありました。
それは、「母親の姿をしたパラサイト」のとどめをさすという仕事。
「こいつはもちろんきみのおかあさんなんかじゃない。…でも、やっぱりきみがやっちゃ…いけない気がする」というセリフに、彼の新一くんへの想いを強く感じますが、、、

さて、ここで問題です。宇田さんのいない映画版で、誰が母親の姿のパラサイトを倒すでしょうか。
答え:母親の体が勝手に動きパラサイトの動きを止める⇒新一くん、「ありがとう母さん」と無慈悲に首を切断。

えーっと。そうですか、人知を超えた愛のミラクルパワーが、頭を奪われたお母さんの肉体を動かしちゃいまいたか。そうですか。
そうですか…。
原作読め!とりあえず、原作読んで、お願いだから。。。

……。

父親も宇田さんもいなくて、そしてミギーがちょっと人間的でおもしろい世界。そういう世界においては、混じってしまった新一くんが人間側でいるのは難しいことなのかもしれません。
そんな新一くんを人間にとどめておいてくれるのは、もはや村野里美の存在しかありえません。
がんばってくれ、村野里美!
僕は完結編をたぶん見ないけど、完結編ではがんばってくれよ!

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という感じで、まあはっきりいってダメ映画だった本作『寄生獣』。
それでも「思っていたよりは面白かった」と思えてしまうあたり、僕はなんでわざわざ映画館に観にいったんだろうなーと、われながら自分の行動がよくわかりません…。

上記した大きな欠点の二つ以外にも、いっぱいダメなところはあって、
例えばミギー&新一が最初に対峙するパラサイトの犬は登場しないせいで、パラサイトが“同種食い”という性質は語られなかったり。

それから、原作・映画ともにオープニングで語られるあのポエム。
あれは、環境汚染の映像を見ながら田宮良子が詠んでました。
しかも、オープニングでたっぷり詠んでいたのと同じ尺で、作品終盤に広川や後藤の前で、淡々と詠んでおりましたよ。
そして、広川がそれに「またそれですか?」って…。

またーー!!またしても俺の気持ちを登場人物に代弁されたーー!!!

こちらのツッコミたい気持ちを代弁してくれるキャラクターがいるってことは、この映画の謎展開は基本的に確信犯的にやってるってことなんでしょうかね。
うーん。よくわからん。。。

最後に、寄生獣を前篇・後篇に分けたのは話のボリューム的には正しい判断だと思うし、前半は「母親」のエピソードを軸に、後半は「後藤」を軸にという切り分け方も非常に納得はいきます。
でも、新一君と母親のエピソードは、母親が死んだ時点ではなく、田宮良子から赤子を受け取った時点で完結、だと思っている僕としては、前後編の区切りもあまり納得がいかなかったり。

まあもちろん、俺が読んだ通りに原作を読んで解釈しろ!というのはむちゃくちゃですが、本作の監督・脚本家とはあまりにも作品への解釈が違いすぎるのかなーと思わざるをえません。

うーん、好きな漫画の実写映画化。これまでに数々見た中で納得できたのは『ピンポン』だけで、でもそのピンポンがあまりにもサイコーだったもんで、今度ももしかしたら!と劇場に足を運んでしまいますが、、、うーん、やっぱり今回もダメだったなぁ。。

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