僕は息子が主役の物語の脇役になりたい。 映画『GODZILLA ゴジラ』ネタバレ感想

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こういうブログをやってるくらいなので僕の趣味は「映画鑑賞」なんですが、映画鑑賞といっても映画を観る環境はさまざま。
毎日映画館に通う人もいれば自宅でDVD観るのが好きな人もいるわけですが、僕が一番好きな環境は「映画館で一人映画」
これが至高です。

そんな僕にとっての生涯初一人映画は、小学校4年生の時に観た『ゴジラvsモスラ』。
僕はなかなかのド田舎出身。
普段の生活圏内に映画館なんてものは無かったので、映画を観たいと思ったら親にお願いして連れて行ってもらうしかなく、一緒に観てもらうためにプレゼン的なことをする必要がありませんでした。
ただ、『ゴジラvsモスラ』を観たいという僕の意見は、親のハートにまったく刺さらなくて(笑)。
それでもどうしても観たかった僕は「それなら一人でもいいから連れて行ってくれ」と頼み込み、なんとか鑑賞することが出来た思い出の映画が『ゴジラvsモスラ』でした。
ちなみに『ゴジラvsモスラ』で破壊された都市“横浜”に今住んでいることにも縁を感じています。

前置きが長くなりましたが、そういう意味で『ゴジラ』は僕の映画ライフにおける重要作のひとつ。
当然、今回のハリウッドリメイク版にも結構な期待をしていまして。
今回監督を務めるギャレス・エドワーズさんの過去作『モンスターズ/地球外生命体』もなかなか楽しめたし、前評判も良いし、ってことで、テンション高めて近所のIMAXに行ってきたわけですが…。

うーん、もちろん良かったところもいっぱいあったんですが、個人的にはちょっと不満が残る感じです。。。

作品概要

2014/アメリカ 上映時間:124分 G
原題:Godzilla
配給:東宝
監督:ギャレス・エドワーズ
出演:アーロン・テイラー=ジョンソン、渡辺謙、エリザベス・オルセン、ジュリエット・ビノシュ

<あらすじ>
1954年に東宝が製作・公開した日本の特撮怪獣映画の金字塔「ゴジラ」を、ハリウッドで新たにリメイク。
監督はデビュー作「モンスターズ 地球外生命体」で注目されたイギリス出身の新鋭ギャレス・エドワーズが務め、「キック・アス」のアーロン・テイラー=ジョンソンが主演。
日本を代表する国際的俳優の渡辺謙が、オリジナル版の精神を受け継ぐ科学者役で出演するほか、エリザベス・オルセン、ジュリエット・ビノシュ、サリー・ホーキンス、デビッド・ストラザーンらが実力派キャストが集った。

感想

59 100点満点 scored by ultimate-ezGODZILLA(2014)

というわけで、ちょっと不満が残ってしまった本作『GODZILLA』。
ギャレス監督の過去作『モンスターズ  地球外生命体』は褒め気味なのに56点で、今回は不満なのに59点となっていますが、『モンスターズ』は低予算B級映画ということで60点満点での56点という感じで。減点方式で考えますと-4点なのに対し、本作は-41点というところでお察し願います。

ただもちろん、良かった点もたくさんある映画です。

特に個人的に良かったのは、本作が全然『初代ゴジラ』のリメイクではない点。
映画雑誌やネットの記事なんかでも、「1954年の初代ゴジラの正統後継作品」みたいなニュアンスの意見が多くみられていたんですが、それらの情報はすべて真っ赤なウソ
明らかに“平成ゴジラシリーズ”のノリで作られていたのが、個人的には超楽しめました。

初代ゴジラと言えば、水爆実験により目覚めた大怪獣が日本の首都を襲撃するお話。
人間の環境破壊より地上に現れた怪獣で、戦争や核兵器の愚かさを訴えるメッセージ性の強い作品でした。
しかし、シリーズを重ねる毎にゴジラは徐々にそのキャラクター性を変化させ、キングギドラをはじめとする怪獣たちから地球を守るヒーローとしての側面を強くしていきます。
人間を守るのではなく喧嘩っ早い“姉御”みたいなキャラクターで、ウルトラマン的なヒーローとはまったく違いますが。。

本作におけるゴジラもまた、完全に「地球の守り神」「ヒーロー」として造詣されています。
主人公フォードの幼少期を描いたオープニングで、部屋に「ゴジラ」のポスターが貼られていることからもわかるように、日本では「神」としてのゴジラの存在が認識されているのが本作の世界観。
世界のケン・ワタナベ演じる芹沢博士も「神」の力を妄信していて、なにかと「ゴジラを信じましょう!」というテンションです。

僕自身、リアルタイムで観ていたゴジラは「核の申し子」ではなく「地球の守り神」の方だったので、初代に引きずられることなく“みんなが大好き、ぼくらのゴジラ”としての造形を貫いてくれたのは最高でした。
その反面、「反核」「反戦」のメッセージはほぼ失われていて、なんなら「過去の空爆実験は軍事活動ではなく、対ゴジラ活動だったんです〜」という“核実験をなかったことにする”かのような設定はどうなんだろうとも思いますけどね。。。エンターテイメント映画としては面白い設定ではありますが、「ゴジラ」を名乗っておいてそこをなかったことにするってのはちょっとモヤっとしないこともないような…。

そういう意味で、オープニングシーケンスでのタイトルが「白地に黒文字」なのが素晴らしい!
予告編を始め、あらゆる媒体で黒背景に赤い文字でのタイトルを見せていながら、本編ではシンプルかつクリーンなタイトルを提示。
直接的にゴジラの性格を説明しているわけではないけれど、「あれ?想像していたゴジラとは違うのかな?」と思わせるのことには成功していて。
少なくとも、本作におけるゴジラが人間に敵対する邪悪なものではなく、「神」であることを予感させることはできているわけで。
こういう“ほのめかし”が巧い映画、大好きです。
ひとつ不満を言えば、「ゴジラのテーマ」は聞きたかったんですけどね。。

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また、怪獣の襲撃を、きちんと“災害”として描けている点もステキでした。

過去のゴジラシリーズってミニチュア+着ぐるみで制作されているせいか、カメラのアイレベルが怪獣にあることが多いんですが、フルCGで作られた本作は視点が人間側にあることが多く。
フレームに足しか収まらないスケール感、上陸前の引き潮の具合、ゴジラの咆哮シーンの空気の震え方など、「これはもう、どうにもならんな…」と自身の無力さを感じるほどの“脅威”として描けていて。
それだけでも『ゴジラ』を名乗るに十分な描写だったんじゃないかと思います。
98年のハリウッド版はそこが“アレ”でしたからね。。

また、この“人間の無力さ”を感じさせる演出として、傍観者をフレームに入れるカメラワークがまた巧いんですよ。
ところどころで画面の下から人の後ろ姿がフレームインしてくるんですが、一瞬、前の席の人が立ち上がったのかと見間違うような見せ方をしているんです。
この見せ方により、映画を観ている観客と、怪獣たちをただ見守ることしかできない無力な人間たちの視線が重なり、映画の観客にも「怪獣の脅威の前に何もできない無力さ」を感じさせることに成功していて。
この辺り、前作『モンスターズ』にも通じるところがあるんですが、怪獣の襲撃という劇的な瞬間ではなく、その世界に生きる普通の人間の描き方はやはり巧い!
そういう意味で、しっかりとした”作風”を持った監督だな〜と思います。

ただ、その一方で「巧いは巧いんだけど、これをゴジラでやるのもったいない!」と思ってしまうのもまた事実。
せっかくゴジラが暴れてるんだから、そこに生きている普通の人間たちよりも暴れてるゴジラをもっと見たいぜ!というのが本音なわけですよ。
ちょっと退屈気味な序盤の展開も『モンスターズ』であれば好意的に捉えられたけど、せっかくのゴジラですからね!
もちろん、あの序盤の“溜め”あってこそ、「咆哮シーン」と「口から放射熱線!!」でキターーーーーーー!!と思えるのはわかるんですけど…。

ギャレス監督の作風であれば、例えば、本作から1か月後とかを舞台に、「ゴジラ襲撃からの復興、そして放置され腐敗が進むムートーの死体による環境問題」なんかを描いた後日談なんか撮ってもらえたらすごく面白そうなのにな〜なんてことを考えてしまいました。
監督の作風で言うともう一つ、ギャレスさん、怪獣と怪獣の求愛&カラミがお好きなのね。。

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とまあ、“まずは良かった点から”と言いつつ、すでにディスり気味な感想になってきましたが、はっきり言って上述したところだけで言えば全然満足のいく作品で。
昨年の『パシフィック・リム』や『ゼロ・グラビティ』などの超絶VFX映画と比べると特筆すべき点は少ない映画ではあるものの、期待していた程度の映画ではあったんです。

ただ、僕にとって本作『GODZILLA』は決定的に“愛せない映画”でして。
その理由っていうのが本作の「家族」の描き方にあります。

というのもこの映画、家族愛みたいなものをテーマに入れておきながら、主人公フォードの息子の気持ちがまったく考慮されていないんですよ!!

フォードは世界を救おうと奔走してるし、ハワイの鉄道で見ず知らずの子どもを助けたりしているヒーローではあるんですが、「明日もうちにいるよね?」と聞いた息子に「もちろん」と答えたあの約束を完全にスルーしてるんですよ。
あれは少なくとも再会した時点で真っ先に息子に謝るべきですよ!!
自分自身の子供のころと重なるエピソードでありながら、父親と全く同じ対応をしていて。
父の死の間際に、ようやく父との確執が払えたにも関わらずですよ、自分と息子の間をフォローアップしないって、、、あれじゃ息子が可哀そうだよ!

さらにフォードの妻エルもちょっとひどくて…。
旦那さん大好きなのは良いとしても、あの場面は息子と一緒にいてあげてほしかった!!
あれほどの災害に巻き込まれる超不安な精神状態の中で、お母さんはお父さんのことばっかり心配して自分のことはよく知らないおばさんに丸投げって、やっぱり結構キツイですよ。
まあ、これに関してはエルを演じるエリザベス・オルセンさんが、あの超絶ゲンナリ映画『マーサ、あるいはマーシー・メイ』の印象が強すぎてしまって。
初めから重度の他人依存症に見えてしまっていた影響もあるのかもしれませんが、ちょっとあの母親像はヒドイ!

父にも母にも気をかけてもらえない。
特に災害時という極限状態において、あの子が「僕のことを気にかけてくれる人なんて誰もいないんだ。。」と思ったとしてもまったく不思議ではなく。
はっきり言って、親としての行動だけでいえば、ムート―の方にこそよっぽど敬意を感じるわけで。
子を持つ親として、フォードとエルの二人の行動には、激しく苛立ってしまいました。

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フォードの息子サムは、本作においては完全なる脇役。
フォード、エル。どちらの物語においても、サムの存在は“準主役”にすらなれていません。
僕にはそれがどうしても許せなくて、結果この映画も絶対的に好きになれませんでした。

考えてみれば、僕だって結婚して子どもが生まれる以前は、「子供ができたって、俺は俺の物語の主役でいたい!」なんてことを思っていて。
しかし、いつしか「僕は子供の物語の脇役でありたい」というマインドに切り替わっていたことに気づかされました。

家族のためだけに生きているおっさんの人生って楽しいのだろうか?

かつては本音でそんなことを思っていましたが、いつのまにか僕も自然にそういうおっさんになっていて。
そして、いざなってしまうと、その人生はけっこう楽しいし、なかなか幸せなもの。

「僕は息子の物語において、主役の息子を守れる脇役ヒーローになりたい!」
愛せない登場人物たちを見ながら、そんなことを強く考えさせられる映画体験になってしまいました。

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というわけで、かつて「一人映画」という至福の娯楽を教えてくれた『ゴジラ』は、それから20数年後、また一つ人生におけるある意味、超重要な気付きを与えてくれる映画として復活してくれました。
いやー、なんだかんだで僕の人生における『ゴジラ』って、実はとてつもなく重要な存在。
そういう意味でも、散々不満を書きつつも、すでに制作が発表されている本作の続編『GODZILLA 2』も、きっと観ることになるだろうな〜と思います。

僕はきっとムートーの襲撃から地球を守ることはできないし、家族を守ることもできないかもしれないけど、家族が不安なときに側にいることのできる存在になりたい。
そんな“自分にとってのヒーロー像”が確認できたという意味で、結果的には僕にとって鑑賞した意味はある作品だったのでした。
まあ、オススメかと聞かれたら、うーん。。。という感じですけどね。
それでも観るという人はやっぱりIMAXで観た方がいい映画なのは間違いありません。咆哮シーンの迫力だけでもIMAX料金分の価値があります!

いやー、久しぶりに映画の感想を書いたんですが、無駄に長文なくせにまったくおすすめできていないし、そもそも映画のレビューにすらなってなくてどうもすみません。。

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