船に乗“れ”なかったあの日のあの一歩を、今度こそ。 小説『恥知らずのパープルヘイズ』(上遠野浩平) ネタバレ感想

恥知らずのパープルヘイズ-ジョジョの奇妙な冒険より- (JUMP j BOOKS)

マンガや小説を原作とした映画の中には、時として不可解な名作というものが存在します。

テンポも悪ければ演出もダメダメ。
原作を読んでいないと話の筋さえ追えないような酷い脚本。
それなのに感動し、あまつさえ涙まで流してしまうような作品。

つまり、映画としての完成度は明らかに最低レベルにも関わらず、原作のポテンシャルだけで、作品自体の価値をある水準まで持ち上げているような作品があったりするものです。
(まあ、具体名を出すと『ワンピース THE MOVIE エピソード オブ チョッパー + 冬に咲く、奇跡の桜』のことです。)

本作『恥知らずのパープルヘイズ』もまた、極端に言えばそういった類の小説でした。

“小説としての完成度は最低レベル”とまでは思わないものの、「アツい!」と感じる部分の多くが「ジョジョの奇妙な冒険第5部『黄金の風』」という奇跡的かつ天才的な物語の熱に依存したアツさなわけで。

ただ、あの“熱”の中に再び身を投じることが出来るというだけで、非情に価値が高い小説であることも間違いない事実。
要するに、書籍の冒頭に掲載されたイラスト(「ジョルノが撮影したメンバーの集合写真」という設定)だけで泣けちゃうような奴だったら、読んで絶対に損しない作品だと断言できるということですよ!
Purple Haze Feedback

『恥知らずのパープルヘイズ』の概要

2011/日本
著者:上遠野浩平

あらすじ

これは、一歩を踏み出すことができない者たちの物語――。
多くの犠牲の末に”ボス”を打ち倒したジョルノたち。
しかし、彼らと袂を分かった少年・フーゴの物語は、未だ終わっていなかった・・・。

『恥知らずのパープルヘイズ』のネタバレ感想

73 100点満点 scored by ultimate-ez恥知らずのパープルヘイズ

さて、冒頭に書いたとおり、本作に対する僕の印象は、「“小説としての完成度は最低レベル”とまでは言わないけど、『ジョジョの奇妙な冒険』という作品の完成度と比べると見劣りしてしまう」という感じ。
致命的なほどの大きな問題はないもんだけど、全体を通して洗練されていない文章が多いのが気になります。
「お前が言うな!」はひとまず置いといてくれ!

なんと言いますか、「細かい文章の粗」が気になって、リズムよく作品に没頭していけないんです。

かつてフーゴのことを、敵対していた暗殺チームの男イルーゾォが、調べた資料をこんな風に読み上げたことがある。P.048

……いや、あなたはミスタから、その指示を仰ぐようにと言われた方ですから、立場は上だと考えていますが
P.061

そいつは痩せこけて背が伸びなかった欠食児童のミイラのような、包帯でぐるぐる巻きにされたガリガリの姿をしていた。P.228

と言った具合で。
句読点の位置の問題なのか、一文が長すぎるせいなのか、とにかくとても読み難く感じました。

また、細かいところで微妙に辻褄が合わないところも。
シーラ・Eがディアボロの存在を知っているかどうかの設定が危うい、など。

そして、物語の根幹にもかかわるような設定の変更(というか、超解釈)もちらほらと。
例えば、ミスタが、

ジョルノはオレに、二人の関係はあくまでも対等だと言ってるが、オレの印象としては違う。ブチャラティはジョルノの、事実上の部下だった。P.019

なんてことを言ってみたり。

あれほど馬鹿にしていたナランチャでもわかっていたことを、秀才ぶっていたフーゴは、彼に遅れること半年も経って、ようやく理解できたのだ。P.265

と、「えー!それほど馬鹿にしてたんかい!」と驚かされたり。

“群体”の能力の持ち主というのは、心の中に大きな空洞を抱えているらしい。リゾットの<メタリカ>もこのタイプだったらしいし、日本の杜王町という土地にいた<バッド・カンパニー>とか<ハーヴェスト>といった能力の持ち主たちも、やはり精神に決定的な欠落を抱えていたのだという――目的のために手段を選ばなかったり、目先のつまらない金銭欲に駆られて平気で友人を裏切ったりしていたそうだ。P.238

に至っては、「お前それ、ミスタの前でも言えるんかい!」っていう。
そして、パール・ジャムのトニオ・トラサルディは?本作にもちょっとだけ登場するトニオ。本作における彼の描かれ方はとても空洞を抱えている人物ではないじゃないし、そうだったらいろいろ話おかしくなってきますよ!

さらには、

<マニアック・デプレッション>で強化された肉体は、能力攻撃でもあるので彼女のパワーとスピードが通用しない――逆に砕かれる。P.253

という超解釈が登場し、生身の肉体でスタンドを攻撃するというジョジョの前提を覆す展開に。。。(まあ、ジョジョ本編でも『凄み』で解決することは多々ありますが。)

とまあそんな感じで、ちょこちょこと気になるところがあって、なかなか気持ちよく読み進めることが出来ませんでした。

しかし、何だかんだ言ってやっぱり、本作はあのジョジョの奇妙な冒険第5部『黄金の風』」という奇跡的かつ天才的な物語を下敷きとして描かれた物語。
第5部から半年後が舞台ではありますが、フーゴによる回想が中心の物語でもあります。
つまり、続編という位置付けの物語でありながら、事実上は「ジョジョの奇妙な冒険第5部」に対するフーゴ視点での補完と追体験の物語なんですよ。

あの日袂を分かった少年・フーゴ。
「船に乗なかった」のではなく「乗なかった」ことを、彼自身が知るための物語。
そして、自分には踏み出せなかった“あの一歩”を、「トリッシュの傷は自分の傷だ」と叫びながら踏み出したナランチャの心を理解し、今度こそ“一歩”を踏み出す物語。

例えどれほど文章が稚拙であれ、このキャストにこの物語。
そんなもん、最高に決まってるわけですよ!

「能力というのは、本人の性格を反映する。精神が変化すれば、能力も変わるんだよ」P.271

なんていう、相変わらず『凄み』としか言えないような超解釈的展開であったとしても、それがパープルヘイズ act.2的な何かを予感させる『凄み』であれば、こんなもん、テンション上がるに決まってるわけですよ!

そして、そんなフーゴの成長の物語に感動すると同時に、すっかりマイケル・コルレオーネしているジョルノの存在感にも惚れなおしてしまいます。

「あれ?それってゴールド・エクスペリエンスじゃなくてクレイジー・ダイヤモンドじゃ・・・」ってところは気になってしまうものの、

ブチャラティは、その意味でチームの誰よりも遅れていたのだ。他の者たちは全員、彼と出会うことで人生が変わったのだが、ブチャラティ自身は……その少年と出会うまで、その感覚を知らなかったのだ。
<中略>
彼は、こんなにも簡単なことさえ、それまで知らなかったのだ。
誰かに憧れて、その人に未来を、夢を託したいという気持ちを。P.278

なんて、もう、泣けるじゃない!
あの日、ジョルノに“想い”を託し、満たされた表情で天に昇ったブチャラティを思い出して、号泣しちゃうじゃない!

この辺りの描写もまた、フーゴ視点で補完される「原作でのジョルノとブチャラティ」の関係性といった感じで。
そういう意味で、この号泣もまた原作ありきの感動ではあるんだけど、そんなのどうでもいいじゃない!グッとくるんだからいいじゃない!

ちょっと話は逸れますが、ジョルノの口から語られた「フーゴに指令を与えた理由」は意外にヒドい。
ブチャラティに対するジョルノの信頼を感じつつも、巨大な組織のボスになったが故の「非情さ」を感じるものでした。
しかしその非情さもまた、ボスになった後はそれまでの義理や人間関係を切り捨て、冷酷に組織を巨大化させていくマイケル・コルレオーネ化と捉えれば、何となく納得できてしまうんですけどね。

というわけで、本作『恥知らずのパープルヘイズ』は、文章的に読みにくい所はあるし、面白さの大部分が原作が持っているポテンシャルに依存した作品というのが大前提。
しかし、『ジョジョの奇妙な冒険』が持つ圧倒的ポテンシャルをゼロに帰してしまうような酷い作品(いわゆる原作レイプ作品)ではないことも断言できる佳作といった感じ。

つまり、ジョジョが好きで、5部が好きで、あの物語に対して新鮮な涙を流したいのであれば、そりゃあもう「そんなあなたに『恥知らずのパープルヘイズ』!」と、猛烈レコメンドしておきますよ!!

余談ですが、、、

ジョジョのノベライズもこれまでほぼ読破してきていますが、どの作品も「原作と比べると…。」というのが素直な感想です。

それもそのはず。
『ジョジョの奇妙な冒険』というマンガの画期的な点の一つは、「“見えない力”を視覚化したこと」にあると思っていて。
それまではものが宙に浮いたり、折れ曲がったり、壊れたり、人が壁に叩きつけられたり、なんていう描写で表現されていた「超能力」に対して、「人型」のビジョンが物を持ち上げ、折り曲げ、壊し、人を持ち上げて壁に叩きつける、という行為として読者に見せたこと。
それが、第3部以降の『ジョジョの奇妙な冒険』のオリジナリティの重要なポイントなわけで。
つまり、「ジョジョ」を「ジョジョ」たらしめている重要な要素として「視覚化」があるのは間違いないわけです。

うーん。それはまあ、「視覚化」」と「ノベライズ(文章化)」とは真逆のアプローチとも言えるわけで。
そりゃあ相性は悪いよね。。。

余談。その②

本作の文章表現として、過度な修飾が目につきました。

月のない闇夜に向かって飛び去っていき、そして虚空に溶け込むように消え、見えなくなる。任務完了。P.273

神<ディオ>のように気に入らぬものを破壊するのではなく、星<スター>のようなわずかな光明でも、それを頼りに苦難を歩いていかなければならないんだP.273

みたいな。

しかし、こういう文章を「くどいなぁ」とは思いつつ不快に感じないのは、こういった文章で表現したい雰囲気は『理解可能』だからなんでしょう。

あらためて、そういう「雰囲気」を一枚の絵で表現している荒木飛呂彦スゲーな、と思うのでした。

余談。その③

ジョジョ好きならばニヤリとさせられる小ネタの嵐。

「同じことを二度言うのは無駄」、「その理由を頭ではなく心で実感した」なんていう第5部へのオマージュが多いのは当然ながら、
「ノックして、もしもーし」とか、「勇気を知らないという点で君は、賢い人間の血を吸おうと噛みついて叩き潰されるノミにも等しい」なんていう他の部からの引用も多い。
さらには「地は、生命なり」なんていう言葉も使われるし、ついには「そいつに触れることは死を意味する」という言葉まで!

あざといといえばあざといけれど、当然ながらニヤニヤが止まらないのでした。

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