彼女の肩に手を伸ばしたところで覚める夢。 小説『火車』(宮部みゆき) ネタバレ感想

火車 (新潮文庫)

当ブログの今年の課題図書としても挙げた「このミステリーがすごい!ベスト・オブ・ベスト40冊」より、国内編第1位の『火車』(宮部みゆき)を読んでみました。

宮部みゆき作品はまだKindle対応がなされていないようで、久しぶりに“紙の本”での読書。
いつの間にかKindleより紙の本のほうが読みにくくすら感じていることに衝撃を受けます!
さすがは「ベスト・オブ・ベスト」の第1位に選ばれるだけあって、物語の推進力がとても高く、そこそこ厚みのある本作ですが、ほぼ一気読みで読みきってしまいました。

僕が『火車』を初めて読んだのは確か高校生の頃で、その頃にも存分に楽しんだ記憶がありますが、社会人になって家族を持った今、あの頃には思い至らなかったリアルな恐怖感がスゴい!!
作中でも語られることですが、「お金」や「クレジットカード」についての知識こそ、義務教育に組み込むべきだよな〜なんてことを考えさせられる社会派な一冊でした。

『火車』の作品概要

1992/日本
著者:宮部みゆき

あらすじ

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか?
謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。

感想

85 100点満点 scored by ultimate-ez火車

というわけで、刊行から20年以上がたった今でもなお、“今そこにある恐怖”を感じさせる本作。
つい先日、ネットで「1歩間違えば人生が終わる?クレジットカード初心者がやってしまいがちな、致命的な6つのミスまとめ!」なんていう記事が話題になっていましたが、社会問題として捉えられてからこれだけの年月が経っても、クレジットカードのユーザー意識がこの程度であることは、本当に恐怖です。
(かく言う私も、この記事を読んで裏面にサインした情弱ユーザーなんすけどね。。)

もちろん、『火車』で描かれている時代に比べれば改善された点もいっぱいあって、エゲツない金利の取り締まりや、悪徳金融への法整備など、多少はユーザーに優しいものになっているし、「自己破産」に対する印象も、作中ほど否定的なものばかりではなくなってきているんでしょう。
それでも、「お金」によってもたらされる“絶望感”っていうのは、日本という国で普通に生きていくうえで一番身近な“絶望”なのかもしれません。

その“絶望“の中転がり落ちていく人を、作中で「蛇の脱皮」に例えている一文があるんですが、その一文がとても印象的。

「皮を脱いでいくでしょ?あれ、命懸けなんですってね。すごいエネルギーが要るんでしょう。それでも、そんなことやってる。どうしてだかわかります?」
「一生懸麺、何度も何度も脱皮していくうちに、いつか足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。今度こそ、今度こそ、ってね」
「べつにいいじゃないのね、足なんか生えてこなくても、蛇なんだからさ。立派に蛇なんだから」
「だけど、蛇は思ってるの。足があるほうがいい。脚がある方が幸せだって」
415ページ

「今の自分が不幸なのは○○のせいだ」「こうなればきっと幸せになれる」
そんな幻想や錯覚によって、人っていうのは転がり落ちてゆく。。
なんとも、身につまされるところのある話で、ズッシリとした精神的ダメージをくらってしまいました。

そんなわけで、“殺人事件”を題材にしたミステリーに比べるとはるかに身近なテーマでミステリーを展開させている本作。
テーマの面でも非常に吸引力が強い作品なんですが、それに加えて物語展開もまた非常に巧い!!
さすがに、何十年もの間人気作家であり続けている作家の作品(その中でも「火車」は最高傑作の呼び声も高い作品ですし。)だけあって、なによりもまず、とても読みやすい作品でした。

本作の特徴として、探偵役にあたる主人公が「それまでの経緯」を詳細に振り返るシーンが定期的に入るんですが、細かいところを覚えておく必要もなければ、「なんだったっけ?」とページを戻って確認する箇所もほとんどなくって、ストレスフリー!!
文学作品なんかを読み慣れている人には冗長すぎる描写で、悪く言えば「あまり頭を使わない=テレビなんかに近い受動的な」作品だとも思えますが、これがまあ、本当に読みやすくて。
細かい描写に神経を張り詰めさせることは必要なく、次々と展開していく“事件”にただ身を任せるという感覚での読書は、かなり心地よいものがありました。

なんだか、褒めているのか貶めているのか微妙なコメントをしてしまいましたが、別に悪意があってこんな書き方をしているわけではなくて、僕はこの作品、本当にかなり大好き!
というのも、単純に“おもしろい物語”という前提に加え、この作品は「コンセプト」が非常にしっかりしている作品なんですよ。
僕は、“ディレクター”という立場で仕事をすることが多いため、物を作るうえで「企画」「発案」のフェーズを見ることが多いんですが、「コンセプト」を持っていない“モノ”を作るのってすごく嫌なことだし、当初もっていたはずの「コンセプト」が最終的にぶれちゃっている“モノ”を見るのも嫌なもの。
逆に、この作品のように「コンセプト」が徹底している作品ってやっぱり大好きなんですよ。

ちなみに、この作品における「コンセプト」というのは、「“犯人”(この作品において”犯人”という表記が適切か微妙だけど)を客観視点のみで描ききる」という部分。
過去の回想シーンであっても、必ず“犯人”を知っている誰かの視点から描いていて、地の文で“犯人”を直接的に描写しているシーンっていうのが一切無いんです。
その結果、「誰かの客観的な観測」を何層も重ね合わせていくことで、おぼろげな“犯人像”が徐々に形を成していく、という感覚を覚えます。

そして、この「徐々に形成される“犯人像”」っていうのは、小説に描かれているものではなく、小説に描かれている断片から読者自身の頭の中で形成された“像”なわけで。
それは小説の登場人物というよりも、はるかに“実在”感を持っているわけです。

この感覚がすごく不思議!
直接の描写がないことが、どんな細かな形容詞を重ねるよりもはるかに高いリアリティを生むなんて!!

そして物語は、まさに手が“犯人“の肩に触れる寸前、つまり“犯人“の姿が読者の前に描き出される直前で、きれいに幕を閉じます。
読者の頭の中に紡ぎだされた“犯人”の姿は覆されることなく、小説『火車』が終わった後もなお、頭の中に“実在”として残り続けるというわけです。

小説の中ではなく読者の頭の中に「実在する人間」を紡ぎ出し、小説が終わった後も生き残らせた本書。
これはまさに、徹底された「コンセプト」あってこその結果で、「良い物語、面白い物語を作り出す」ということとは全く次元の違うことをやっているわけですよ。
いやー、これは凄い!!

というわけで、「小説」というメディアが生み出すことのできるものの可能性を再発見させられた傑作ミステリーの本書。
「このミステリーがすごい!ベスト・オブ・ベスト」の第一位。つまり、対象となる1988~2008年の20年間に刊行されたミステリー小説の最高峰というのも納得の一冊でした。
上述したように、「ちょっと冗長かな。」と感じるところもあるし、20年以上前の作品ということもあって、近年のミステリーに比べるとちょっと出来すぎと思うところ探偵役が天啓を得るのタイミングご都合主義すぎと思えなくもない)もあるにはあるんですが、そもそも「お話が面白い」というところとは次元が違うものを“創造”している本書。
確かに、傑作中の傑作でした。

余談ですが、、、

作中でまかれた伏線は見事に回収されていく本書ですが、一つだけ「あれはなんだったんだろう?」と思うのが、以下の描写。

「何があったのか、だいたい想像がつきます。ただ、ひとつ不思議だったのは、喬子ちゃんが、まるっきりなまものを食べることができなくなってたことで……。おさしみとか、ね。生臭くって嫌だっていうんです。以前はそんなことなかったのに。暗い思い出がまつわりついていたのかもしれませんが」504ページ

これも何かの伏線だろうと思っていましたが、結局触れられることはありませんでした。

付随する情報として、「その直前まで喬子はヤクザに囲われながら温泉宿で働いていて、逃げ出してきたときは下着姿だった」とのこと。
このあたりの情報からパッと思いつくことと言えば、いわゆる「女体盛り」
ただ、「女体盛り」をさせられていたからって、なまものを受け付けなくなるほどのトラウマになるものなんでしょうか。
(もちろん、男である僕には理解できない屈辱的な出来事になるのかもしれないけど。)

となると、もう一つの気になる情報は、喬子がヤクザのことを「人間の皮をかぶった鬼だ。」と形容していたということ。
その後、喬子が行う行動を考えると、、、ヤクザの死体処理を手伝わされていたのかな~という想像をしていしまいます。
映画『冷たい熱帯魚』の愛子のように、凶悪な鬼の傍らで死体を切り刻んでいたとしたら、喬子のようなトラウマを持つのも無理はないのかな~と。(もしくは『冷たい熱帯魚』の愛子のように、本人も“鬼”になってしまうか。)

しかしまあ、そこまでの過去があったのなら、もう少しそれを臭わせそうなもの。
結局のところ、喬子の過去も伝聞でしかないため真実という確証はないし、トラウマの原因も本当はなんだったのかは想像するしかありません。

「すべては彼女に会ったら聞いてみよう」。
しかしそう思ったところで、『火車』という小説は、彼女の肩に手を伸ばしたところで冷める夢。
一生解けることのない謎を残したままで。。。

全く、なんて罪な小説なんだ、『火車』!!

Commentsこの記事についたコメント

1件のコメント
  • 福田 正博 より:

    私は、他の人の云っているところとは違うところが「火車」のすごいところだと思っている。
    それは、保がしいちゃんのために必死に犯人を捜すこと。保はしいちゃんの幼なじみであり、近すぎる存在でいつも気にかけて心配していた。
    そして郁美が完全に負けを認めています。
    「ずっと気にしているの。ずっと好きなのよ。子供の時の思い出を共有しているんだもの。私には勝てないわ。」
    というところです。
    年少の時の友達って、何物にも代えがたい存在です。それを良くわかっている。
    だから保は最後まで登場する重要人物なんだと思う。
    火車はサスペンスでも推理小説でもない。
    青春小説だ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です