War is a “Addicitve” Drug… 映画『ハート・ロッカー』ネタバレ感想

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本作と同じキャスリン・ビグロー監督作品『ゼロ・ダーク・サーティ』の感想の時にも同じような文章を書いた気がしますが、僕は戦争映画が苦手です。
「苦手苦手」と言いながら映画を観ているうちに、少しは慣れてきたような気もしますが、やはり長崎出身で幼少のころから戦争体験を聞かされて育った影響があるのか、なかなか根深い抵抗感があります。

そんな中『死ぬまでに観たい映画1001本』を順番に観ていると、公開当時からなかなかキツそうな雰囲気をビンビンに出していた本作『ハート・ロッカー』の順番がやってきてしまいました。
1つ前の『アバター』の感想を書いてから三ヶ月以上の日数が開いてしまったのは、それだけ躊躇してたからなんですが、この度、ようやく鑑賞するはこびと相成りました。
(そんなにいやなら企画自体を諦めるなり、一個スキップするなりすればいいんのに!っていうのは、自分でも思うんですけどね。)

作品概要

2008/アメリカ 上映時間:131分 PG12
原題:The Hurt Locker
配給:ブロードメディア・スタジオ
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、ガイ・ピアース

<あらすじ>
04年夏、これまでに870以上の爆発物を解体処理しているジェームズ2等軍曹がEODの新リーダーとして赴任してくる。部下となったサンボーンとエルドリッジはあと39日でEODの任務から外れる予定だったが、恐れ知らずのジェームズにより、これまで以上の危険にさらされることになる。

感想

79 100点満点 scored by ultimate-ezハート・ロッカー

というわけで、ハード戦争映画の呼び声高い(?)本作『ハート・ロッカー』。
確かに、観た後に疲労感を覚えるような激辛ハードな映画でした。

何がすごいってこの映画、戦争の「リアルさ」が凄い!

いやまあ、「リアル」って言ったものの、当然僕は戦後の日本生まれ日本育ち。
戦争の描写が「リアル」かどうかの判断なんて出来るわけがないんですが、それでも「リアル」と感じるっていうのは、それだけ映画の“臨場感”が凄いってことなんでしょう。
登場人物に肉薄するようなカメラワークや、暗闇や影であえてすべてが見えない構図&ライティングによって、全体を俯瞰して見渡す“神の視点”を排除し、すべての情報を知らないとしても戦場に立ち続けなければならない“一兵士の視点”に徹することで生まれるこの“臨場感”はヤバい!

さらに、キャスティングも“臨場感”の演出としてうまく機能しています。
映画通の人ならば、本作の主要キャストのことも知っているんでしょうけど、僕はこの映画で初めて見た役者さんばかり。
それってつまり、「これから先、誰が死ぬのか?」がわからないってことで。
現に僕は、中盤近くになるまでこの映画の主人公が衛生兵のアイツだと勘違いしていて。
つまり、中盤くらいまでは本来の主人公であるジェームズのことも、「死んでもおかしくない」と思いながら鑑賞していたというわけです。

これが仮に、“頭にバンダナを巻いたシルベスタ・スタローン”がジェームズを演じていたとしたら、登場した瞬間から「ああ、こいつは死なないんだな。」っていう確信ができてしまうわけで。
仮にプロットが完璧で“ご都合主義的展開”がなかったとしても、観ている人に「こいつは間違いなく死なないんだな」と思わせるってことは、“非現実的”な主人公補正が働いてしまっているともいえるわけで。
それを感じさせない本作のキャスティングは、「いつ誰が死ぬかわからない戦場」の臨場感に、かなり効果的に機能していました。
(なんだかこの文脈だと『ランボー』をディスってるようになっちゃいましたが、決してそんなことはないですよ!あれはあれでまたあれが正解!!)

Hl 1 large

そんなわけで、随所にこだわりが見える“高品質”な作品だと感じさせる作品だった本作『ハート・ロッカー』。
ただし、同監督作品の『ゼロ・ダーク・サーティ』の感想にも通じるんですが、この映画もまた「何も言えない。」「取りつく島がない。」という印象の作品でもありまして。

単純に物語の構図だけをみれば、「いい加減だったジェームズという男が真の正義に目覚め、誠実な気持ちで再び戦場へと向かっていく話」と受け取っても差支えなさそうなんですが、それを素直に受け止められないのは映画の冒頭で提示される「戦争中毒」についての一節のせい。

The rush of battle is a potent and often lethal addiction, for war is a drug.
「戦争時の高揚感は時に激しい中毒を引き起こす。戦争とは麻薬だ。

冒頭でのこの一節があるせいで、一時帰国後のジェームズの言動すべてが、中毒患者にしか見えなくなっていて。
じゃあ、その中毒患者をどう見るのがこの映画の正しい見方なのかについては、いまだに結論を導けていません。

刺激を追い続けるためだけに戦場に立つ男の、滑稽で悲惨な姿を描きたいのか?
正義の旗のもとに、そういう中毒患者を生産するアメリカというシステムを批判的にとらえているのか?

どちらにせよ、「U・S・A!U・S・A!」というテンションの戦争映画ではないのは間違いなく、アメリカを否定的にとらえるとまではいかなくても、少なくとも中立な立場で描こうとしている作品というのは間違いないでしょう。

ただ、そうなってくると、敵方のイラク軍の描き方にちょっと違和感が。。
中盤で出てくる「人間爆弾製造工場」のあのシーンの存在をどうとらえていいのかが、これまた非常に難しいんですよ。
あれって、この映画の中で有数のショッキングなシーンだと思うんですが、あそこでイラク側が行ったあまりに残酷な行為を見せることで、この映画のバランスがちょっと崩れているような気がしまして。

あんなシーンを見せられてしまうと、「ああいう行為を行っている“悪党ども”を止めるためのこの戦争は“正義”の戦争だ!」という風に思ってしまうのは仕方ないこと。
その後のジェームズの行為もまさに“正義”に見えるし、最終的に戦場に戻る理由も、そこに“正義”を見出したからのように見えてしまうわけで。

例えば、逆ににアメリカ側の残酷性や、イラク側の正義性が提示されるのならば、確かにこの映画の立場はフラットだと思えるんですが、「人間爆弾」のシーンのせいで、そこの両側面が描けているとはいえなくなってしまっていて。

結局のところ、“監督にとって”アメリカとは正義なのか?そうではないのか?
そこがわからなくなってしまったせいで、結局この映画のいいたいことがなんなのかもぼやけてしまったように感じてしまいました。

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そんなわけで、僕は「そもそも、この映画は何を言いたいのか?」の芯をとらえることができなかったわけで。
BGMは使わず、派手な演出もなく、豪華なキャストなわけでもないこの映画ですが、その徹底した“品質”でもって、アカデミー賞をはじめ世界中の絶賛を集めた映画だったわけですが、言外・行間があまりにも多い作品のためか、なかなか“難しい映画”でした。

でもまあ、おそらく“戦争”というものが身近にないことが、僕がこの映画をちゃんと理解することができなかった最大の理由で。
それならばそれで、この映画を理解できないというのは、僕が平和に暮らせているおかげでもあって。
それならそれで悪くないか〜とも思ってしまうのでした。

そして、
ジェームズの最後の行動は、「戦争の刺激への中毒になってしまった」せいなのか、「彼の中に真の正義が目覚めた」せいなのかはわからないんですが、ただ一つ思うのは、「僕は自分の子どものそばで生きていたいな〜」ということ。
正しい方向であれ、間違った方向であれ、自分の身の丈を大きく超えた何かに囚われることは、僕には“幸せ”に思えなくて。
僕はただ、自分の手の届く範囲の小さな幸せは、しっかりと寄り添って見ていたいな〜と思うわけで。

それじゃあ大きなことはできないのかもしれないし、正義のために戦うことが本当の意味で子どもの未来を作っていることになるのかもしれない。
それでも僕は、子供のそばで生きていきたいな〜なんてことを思うのでした。

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