稀代の美少女クロエ・グレース・モレッツの“今”の魅力を刮目せよ! 映画『キャリー』(2013年版)ネタバレ感想

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1976年公開のオリジナル版も見返し、満を持しての鑑賞となったクロエ・グレース・モレッツ(以下、クロエちゃん)主演のリメイク版『キャリー』。
先日オリジナルを見返した時点でその完成度の高さ、そしてなによりキャリーを演じるシシー・スペイセクの存在感をあらためて見せつけられてしまい、「こりゃあどう考えてもリメイク版がオリジナルを越えることは不可能だ!」という思いを強めてしまっていたわけですが、意外や意外。
リメイク版、想像以上におもしろい!!

もちろん、「オリジナルを越えた」とまでは言えませんが、過去に数々の失敗でオリジナルファンを失望させてきた“リメイク映画”群(まあ、ここで『宇宙戦争』の悪口を言いまくる気はないですよ。はい。『隠し砦の三悪党』とか。)と比べれば、全然アリ!
「無人島にオリジナル版かリメイク版のどちらか一つだけを持っていける」と言われたら、ちょっと真剣に悩んじゃうくらいには魅力のある映画になっていました。
まあ、無人島に映画を持っていってどうすんねん。っていう話なんですけどね。

作品概要

2013/アメリカ 上映時間:100分 PG12
原題:Carrie
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:キンバリー・ピアース
出演:クロエ・グレース・モレッツ、ジュリアン・ムーア

<あらすじ>
地味で冴えない高校生のキャリーは、学校では笑い者にされ、家では狂信的な母親に厳しく監視され、孤独で鬱屈した日々を送っていた。やがて、学校の人気者トミーとプロムパーティに参加することになり、母親の反対を押し切ってパーティにでかけたキャリーだったが……。

感想

67 100点満点 scored by ultimate-ezキャリー(2013年版)

というわけで、オリジナルを見返て「これを越えられるはずがない!」とハードルを下げていたせいもあるのかもしれないけど、なかなか満足できた本作。

基本的にはほぼオリジナルのままで、特にプラスアルファのないリメイクではあるんですが、2つの点でオリジナルよりもわかりやすくなっていたのが良かった。

1つは、あのオープニング。
オリジナルにはなかったシーンとして、タイトルの前に「キャリー・ホワイト誕生の瞬間」が追加されているのが本作の特徴。
誰にも見守られることなく自宅のベッドで出産、しかも出産直後のキャリーを殺そうとするも殺せず、その胸に抱きしめる母マーガレット・ホワイトの姿が描かれます。

さらに、物語の中盤でスー(キャリーを苛めていることを反省し、自分の彼氏とキャリーをプロムに行かせる女の子)の妊娠が発覚。
そして物語の最終局面、キャリーの家が崩壊をはじめる寸前に、スーがキャリーの元を訪れるシーンが追加されているんですが、スーの妊娠に気が付いたキャリーは、まだ自身の妊娠を知らないスーに対して「女の子よ」と告げるんです。
しかも、キャリーはスーの妊娠を祝福するかのように微笑み、崩れゆく家の中からスーだけを外へと運び出すんですよ。
吹き飛ばすのではなく、ふわりと優しく着地させてあげて。

キャリーにとって母親との関係は“呪い”にも似たようなもの。
最終的には殺しあうことになってしまう存在として否定的になってもおかしくないはず。
それでも、スーのお腹に娘が宿ったこと(=新たに「母と娘」という関係がつくられたこと)を祝福するキャリーの表情は、「ああいうことになってもなお、母を愛している」というキャリーの気持ちを表しているということ!
「母と娘」という関係性を肯定的に讃えているわけですよ!
その健気さ、そしてそんな健気な女の子に起こってしまった出来事に、オリジナル以上の感動と哀しみを覚えるエンディングでした。

そして、こうやってオープニングとエンディングにそれぞれオリジナルになかったシーンが追加されることで、ともすれば“宗教的”でちょっととっつきにくさのあったオリジナルに比べ、「“母と娘”の物語」という一本の軸が通っていて。
その結果、ストーリーがシンプルに整理され、わかりやすくなっているのが親切。
さらに、ここまで極限の状況でも本質的に愛し合っていたという親子の愛にグッときちゃう!という意味で、この改変は非常に良かったんじゃないでしょうか。

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そしてもう一つの改善点が、スーの意図がわかりやすくなったこと。
スーが取る行動そのものはオリジナルでもリメイクでも一緒なんですが、オリジナルってスーの取る行動が本当に善意のものなのかどうかがちょっとわかりにくかったんですよ。
なんで最後の最後まで「実はこいつも悪いやつなんじゃないか」と疑心暗鬼で観ることになってしまって。
そして、あれがほんとに善意の行動だったってわかった後も、そもそもなんでトミーとプロムに行くことを譲ろうと思ったのかってところに共感しにくいところがありました。

しかし、リメイク版ではそこの心理がきっちりと描かれることで非常にわかりやすくなっていて、「スーは善か?悪か?」という余計なことを考えずに物語にすんなり乗れるようになっているのが素晴らしかった!

他にも、プロットのいろんな点でオリジナルよりもストーリーがわかりやすくなっているところが多く(スーがプロム会場を訪れる動機などなど。)、“行間を読む”ことをほとんど必要としなくなっているのが今回のリメイク版。
もちろん、リメイク版が説明過多に思う人もいるだろうし、オリジナルの“余白”の広さを“粋”だと思う気持ちもある反面、現代版アレンジとしてはかなり的確なリメイクだったんじゃないでしょうか。

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一方、やっぱり「ここはちょっと、、、」というところもちらほら。

一番気になったのはなんと言っても、キャリーが完全に能力をコントロールしちゃっているところ。
オリジナル版は、感情がある閾値を超えると能力が勝手に発動しちゃうような印象でしたが、リメイク版は結構細やかに自分の意思で使えちゃっています。
その結果、クライマックスの惨劇に対しても、キャリー自身が明確に「こいつら皆殺しじゃ〜!!」と、自らの意思で惨劇を引き起こしたように見えちゃうのがなかなか微妙なところ。
「ここまでやるつもりじゃなかったけど感情の箍が外れたせいで能力も暴走してしまった」という見え方のオリジナル版のほうが、キャリーの悲劇性がより高く、物語としても崇高な気がしました。

また、それ以上に致命的なのが、やっぱり今回のキャリーちゃんが可愛すぎる問題
鑑賞前から懸念していたとおり、キャリーちゃんがいじめられる理由がクラスメイトの“妬み”にしか見えず、だいぶニュアンス変わってきちゃっている気が。。。

ただ、元からこんなに可愛いんじゃプロムで可愛く変身した時との落差が無くなっちゃうけど大丈夫なんやろか?という心配は無用!
ただでさえかわいいクロエちゃんですが、プロムで本気出した時はそこからさらにかわいくなるんですよ、これが!
まさに、「このフリーザは変身をするたびにパワーがはるかに増す…その変身をあと2回もオレは残している… その意味がわかるな?」と宣言したフリーザ様のように、周りが「かわいい」と思っている状態のさらにその先があるわけです。
恐るべき16歳!!
(ただあの〜…オリジナル版ではキャリーちゃんはおっぱい見せてくれたんですが今回は見せてくれません。まあ、クロエちゃんが主役って時点でそんなことはわかっていたんですが、99%ありえないと思っていても、僅か1%の可能性に賭けてみたいのが男の性。やっぱりか!ああ、やっぱりか!!!)

他にも、これはちょっと個人的な思い入れになっちゃうのかもしれませんが、序盤で校長先生がキャリーの名前を間違えるくだりが、リメイク版では1回間違えるだけになっていたのがちょっと不満。
オリジナル版の校長先生は、何度訂正されても終始“キャシー”と呼んでいて、クライマックスの惨劇で校長が死ぬ時に、その名前を呼び間違えた際の音声がオーバーラップするんですよ。
これは、校長が名前を覚えてくれないことについて、キャリーが地味に気にしていた(ムカついていた)ということの表れ。
そして、こういう決して悪意はない些細な出来事の積み重ねがキャリーの心を追い詰めていたことを感じさせるシーンだと思っていて。
“どこにも味方がいない”というキャリーの絶望を印象付ける意味でも、「校長が何度言っても名前を覚えない」というくだりは必要だったんじゃないかと思っています。

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それから、今回のリメイクの特徴として、オリジナルを忠実になぞっている箇所というのが多く見られるんですが、そこにも良し悪しありまして。

オープニングのタイトルクレジットの出し方や、クライマックスでキャリーが操る電線の動き。
それから母と対峙した際にナイフが飛ぶシーンなどなど、CGで今っぽく表現出来るであろう箇所を、あえてオリジナルに忠実な構図・カット割でやっているのはオリジナルファンへのサービスとしては良いところ。
ただ、ちょっとした違和感を生んじゃってるところもあるわけです。

それが特に顕著なのが、最後にキャリーの家が崩壊するシーン。
一部オリジナルの印象を残しつつも最新VFXを駆使し、なかなか派手に崩れていくんですが…、
なんであの家にはあんなにも大量の“丸っこい石”が詰まっているんだ?
オリジナルでは全く気にならなかったんですが、映像的にリアルになってしまったせいで木造の家からあふれ出す大量の“丸っこい石”の不自然さったらないわけですよ。

それ以外にも、例えば豚の血を入れていたバケツがトミーの頭に落ちてきてトミーが死んでしまうシーンも、「え?あのバケツで?」と思わずにはいられないほどにあまりにも不自然!
キャリーの感情がさらに一線を越える重要なシーンであるはずなんですが、さすがにちょっと不自然すぎて滑稽にすら見えてしまいました。。

それから不満点という意味では、オリジナルのラストシーンの“アレ”が無くなっちゃったのもショック!
まあ、最後にスーを祝福し、お腹の子どもも含めて救ってしまったキャリーがズボッ!をやるのもおかしな話ではあるんですが、やっぱりキャリーの印象として最後の“アレ”は絶対なわけで。
“アレ”がなくなってしまったのは、なんだか非常にさみしく思えてしまいました。

そして最後にもう一つ。
クロエちゃんに血が注ぐシーンがスローモーション&マルチアングルで3回繰り返されるんですが、これがやり過ぎで非常にダサくなっちゃっているんですよ。
スローで別視点からの映像を繰り返し流すって、日本のバラエティ番組における「リアクション芸」の見せ方という印象が強いせいかもしれませんが、ここがダサいのは非常にもったいない!
「クロエちゃんに血をぶちまけたった!」「しかもCGなしで一発撮り!」という作り手側の興奮は伝わってくるんですが、ここの見せ方はそれこそ“一発”で、キャリーを夢の世界からガツンと引き摺り下ろして欲しかったものでした。。。

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というわけで、感想としてつづってしまうと結局は“不満”の方が多くなってしまった感がありますが、そもそもあのオリジナルは超えなきゃならんハードルとしては、あまりにも高い壁。
こちらとしても当然あれを超えるなんて思っていなかったからこそ、本感想の序盤に書いた“良かった点”により、トータルとしてはかなり満足できる映画でした。

まあ、そもそもの前提として、この『キャリー』という物語そのもののポテンシャルが高いということ。
そして、クロエちゃんが超かわいいということがあってこそなんでしょうけど、安定の“アイドル映画”としてキッチリと成立しちゃっているのが非常に素晴らしかった。
稀代の美少女クロエ・グレース・モレッツの、少女から大人への過渡期にしか出せない“今”のの魅力をガッツリと引き出すことに成功しているという時点で、もうこの映画ステキ!としか思えないのでした。

それにしてもクロエちゃん。
先日『しゃべくり007』に出演したときは、ぽっちゃりというかガタイが良いというか、なんなら「ゴツイおばちゃん」みたいになっちゃったと思ってしまいましたが、やはりスクリーンで本気出したら超かわいい!!
というわけで、今後もまだまだクロエちゃんの映画を見続けたいと思える映画なのでした。
うーん、そう思えたってことはアイドル映画としては100点だな〜。

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