名画なんだけど、取り付く島がない。。。 映画『ゼロ・ダーク・サーティ』ネタバレ感想

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昨年の公開時から観たい観たいと思っていて、先月くらいにレンタルが開始になってからも観たい観たいと思いながらも伸ばし伸ばしになっていた本作『ゼロ・ダーク・サーティ』。

僕は長崎出身で、子どもの頃から自分のじいちゃんをはじめとする戦争・被爆体験者の方々からかなりリアルな戦争体験を聞かされて育ったせいか基本的に“戦争映画”が苦手
そりゃもう、食わず嫌い的に生理的に苦手です。
なもんで、どれだけ面白そうな映画であっても、“戦争映画”を観るためには「観たい気持ち<興味>」と「観たくない気持ち<トラウマ>」のバランスを取りながら、結構な気合を入れる必要があるんですよ。

そして、この度ようやくその“気合”が入りましたので『ゼロ・ダーク・サーティ』、観てみました。

作品概要

2012/アメリカ 上映時間:158分 PG12
原題:Zero Dark Thirty
配給:ギャガ
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェシカ・チャステイン、ジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン

<あらすじ>
9・11テロ後、CIAは巨額の予算をつぎ込みビンラディンを追うが、何の手がかりも得られずにいた。
そんな中、CIAのパキスタン支局に若く優秀な女性分析官のマヤが派遣される。
マヤはやがて、ビンラディンに繋がると思われるアブ・アフメドという男の存在をつかむが……。

感想

78 100点満点 scored by ultimate-ezゼロ・ダーク・サーティ

というわけで、かなりの覚悟を持っての鑑賞だったんですが、、、結果として個人的な感想を言わせて頂きますと、なんとも言えない!
いやー、こうやって100本近く映画の感想を書いてきたんですが、ここまで感想を書き難い映画は無いんじゃないかって感じです。
一言で言えばこの映画、「取り付く島の無い映画」です。
映画としての完成度は間違いなく高いし、つまらないか面白いかで言えば間違いなく面白い。
なんだけど、「何も言えねぇ!」。
そんな映画体験になってしまいました。

『ゼロ・ダーク・サーティ』と言えば今年のアカデミー賞の作品賞候補に上がっていた作品でしたが、受賞を果たしたのは本作ではなく『アルゴ』
そして、『ゼロ・ダーク・サーティ』と『アルゴ』の両作品は、そこそこ似た部分のある映画だと思います。
“実際に起きた出来事”を描いた作品であること。
そして、アメリカの“功績”を描いた映画だというところに共通性があるんじゃないかと。

ただ、決定的に違うところもあって、それは「表面的な意味でのエンターテイメント性の有無」が一つ。
例えば、『ゼロ・ダーク・サーティ』って約160分と上映時間が結構長い映画なんですが、「長さを感じさせない映画」というわけではなく、途中で結構ダレるシーンがあります。
一番ダルいのは、チームの面々がアブ・アフメドを探して市場を車で偵察するシーン。
正直「あのシーン要らなくね?入れるにしてももっと短くてよくね?」と思ってしまいます。
ただこのシーン、計画が遅々として進まないという苛立ちの演出、つまり計画の進行を勧めさせてくれない上官への怒りの演出で主人公マヤへの共感を導くという意味もあるんでしょうが、それ以上に、“事実そうだった”という説得力がありすぎるわけですよ。

一方『アルゴ』はどうだったかというと、事実を多分に脚色していまして、最後の御一行脱出のシーンなんか過剰なまでに緊迫感を“盛って”しまっていて。
この2つを比べてどっちが好みかと問われれば、そりゃあどう考えても“盛り”の無い『ゼロ・ダーク・サーティ』の方が好みなわけです。
だるいな〜と思いながらも『アルゴ』みたいになるよりはこちらの演出の方が誠実さを感じる、、、、でも、何も言えねぇ!!と、そんなことを思ってしまうわけです。

他にも、肝心のビンラディン殺害のシーンでも、忍び込んだ特殊部隊の「ウサマ!ウサマ!」という呼びかけに思わず顔を出してしまったウサマを射殺!というのも、エンターテイメント作品の演出としてはありえないほどのあっけなさ。
エンターテイメント映画に慣れすぎている僕は「絶対に本人のわけがない!」とその後の展開を期待しちゃったんですが、そのままビンラディン殺害計画が終わってしまうのには愕然としました。
だが、これこそが“事実”!
「事実なんだからしょうがない!」。そう言われれば、これもまた何も言えねぇ!

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そして、『アルゴ』と比べるとアメリカという国への捉え方の違いが決定的!
どちらの作品もアメリカ映画で、アメリカが行ったオペレーションを“正義”として捉えてはいるんですが、『ゼロ・ダーク・サーティ』の方はやや懐疑的な視線が入り込んでいるのが印象的です。

「世界を混乱の渦に巻き込む悪」とは言え、視点を変えればその人は“夫”であり“父”。
大義名分がある“正義”の旗を掲げて妻と子どもの目の前で殺戮を行うことが、“終わらない復讐の連鎖”を生むことを強烈に感じさせる構成になっているわけです。
それは、具体的に父を殺された子どもの表情だけじゃなく、歓喜の声(「U・S・A!U・S・A!」)を上げるマッチョ軍団が祝杯を上げるのではなく、主人公マヤがただ一人でひっそりと涙を流すカットがラストシーンになっているところからも強いメッセージを感じます。

これまた、ややアメリカのプロパガンダ映画感を覚えた『アルゴ』と比べると好印象なアプローチで、どちらが好きかと言えば間違いなく『ゼロ・ダーク・サーティ』の方。
ただ、これもまたあまりにも真っ当に正しすぎて、「うん。そうだね。そう考える方が正しいね。」と思う以外に何も言えないわけです。

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というわけで、いつも無駄に話が脱線して文章が長くなってしまいがちな当ブログですが、本作に関しては脱線の余地があまりにも無い!
背筋を伸ばして「そうですね。おっしゃるとおりです。」と頷きながら鑑賞することしか出来なかったのでした。

このブログでも繰り返し書いたことですが、映画って映画そのものの出来以上に、観終わった後に「ああだこうだ」と誰かと語り合うことで作品への愛を深めていくという側面もあるわけで。
そういう意味では、この映画はあまりにも完成度が高すぎて、ああだこうだ言う余地がないのがつまんない!と言えるのかも。
ほら、超絶美人の女性は男が引け目を感じてあんまりもてなくて、ちょっと隙のある女性の方がもてるなんてこともあるじゃない?
この映画は、あまりに高嶺の花の超絶美人な映画だったってことなんでしょう。少なくとも僕にとっては。

そんなわけで、「映画としての完成度は高いし、映画として面白い!」とは思いつつも、「映画を観る」という行為・体験として面白かったのかと言われたら、それはそうでもなかったのかなぁ、というあまり感じたことの無い感想を覚える映画だった本作。
そういう意味では、やっぱりボロクソに文句を言える映画の方が「映画を観る」という行為・体験としては面白いな〜と思ってしまうのでした。
まあ、ボロクソに文句を言うために映画を観るのは、あまり趣味が良いとは言えないんですけどね。。。

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