“無垢であること”の恐ろしさ。 映画『白いリボン』ネタバレ感想

白いリボン [DVD]

『死ぬまでに観たい映画1001本』から、ミヒャエル・ハネケ監督作品『白いリボン』。

ハネケ監督と言えば、『ファニーゲーム』『ピアニスト』など、良い映画なのは間違いないけど、後味がすげぇ不快!という印象のある監督。
そして、本作『白いリボン』もまあ、なかなかドギツイ後味を残す映画でした。

『ミスト』『オールド・ボーイ』など“後味悪い系”の映画って色々ありますが、“真綿で首を絞める”ようなこの逼迫感はミヒャエル・ハネケ作品ならでは!

そういう意味ではミヒャエル・ハネケ作品としての満足度は高いと言えば高いんですが、僕のこの映画に対する感想を一言で言ってしまえば「よくわからなかった」と言わざるを得なくて…。
確かに面白かったし、余韻を残すオチも最高だったし、ズッシリと来る後味も期待以上だったんですけどね…。

作品概要

2009/ドイツ・オーストリア・フランス・イタリア合作 上映時間:144分 G
原題:The White Ribbon
配給:ツイン
監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:クリスティアン・フリーデル、エルンスト・ヤコビ、レオニー・ベネシュ

<あらすじ>
第1次世界大戦直前の北ドイツを舞台に、教会や学校の指導でプロテスタントの教えを守って暮らしてきた小さな村の住人たちが、次々と起こる不可解な事故によって不穏な空気に包まれていく様子をモノクロ映像で描きだす。
カンヌ国際映画祭パルム・ドール、ゴールデングローブ賞外国語映画賞をはじめ多数の映画賞を受賞。

感想

75 100点満点 scored by ultimate-ez白いリボン

というわけで、正直なところ「よくわからない映画」だった本作。
映画を見る前の事前知識として、「モノクロ」で「140分」もある映画だということがわかって、「これはきっと小難しい映画で、よくわからないかもしれないな~」という予感はあったんだけど、その予感とは全く違う意味でよくわからない映画でした。

物語は第一次世界大戦が始まる前のドイツの田舎が舞台。
村では、
「誰かが仕掛けた針金のトラップで、村の医師が落馬して骨折」
「小作人の妻が工場で事故死」
「村の権威である男爵のキャベツ畑が荒らされる」
「男爵の息子が誘拐→逆さ吊りでむち打ちにされた姿で発見される」
「男爵の納屋がで火事」
「牧師が飼っていた文鳥が殺され、串刺しにされる」
「医師の補佐である助産婦の息子が行方不明→目を潰された姿で発見される」

という具合に、次々に奇妙な事件が起こり、「これらの事件の犯人は誰?」というミステリーが、この物語の本筋。
そして、全ての事件にゆる〜く関わりをもつ村の教師が、本作の語り手となります。

これらの事件については、一部をを除いて「犯人」がハッキリと断言されることはありません。
ただ、「事件の犯人がわからない=この映画がよくわからない」というわけではないのが、この映画の特殊なところ。
犯人の正体は言及されないものの、犯人が誰であるかを匂わせるカットは過剰なほどで。
普段からミステリーを読み慣れていない人であっても、おそらく犯人の正体がわからないということはないでしょう。

また、複数のエピソードが並行して語られるなかで、全体的に「核心を語らない」という演出が多いのも特徴的。
例えば、村でも有数の厳格な男である牧師が、息子に対し「お前には失望した!」「あんなことをやっていると、病気になって死ぬんだぞ!」と怒鳴りつけ、ベッドに縛り付けるシーンがあるんですが、ここでも“牧師が息子を叱る理由”がはっきりとは描かれることはありません。
ただ、やっぱりここでも、断片的に提示される情報から“息子の自慰行為を責めている”ということが容易に想像がつくようにわかりやすく作られています。

というように、作中であたかも「謎」のように語られるエピソードは、全て作中の情報で解決できる問題で。
個々の要素について「よくわからない」部分ってのはありません。
それなのに、物語全体を見ると、何を言いたくて、何が起こったのかがよくわからなくて。

つまり本作は、「細部は理解できるのに、全体を見るとよくわからない」という物語。
ものすごく“具体的”なエピソードを積み上げて作られているはずの作品なのに、積み上ってしまうと何故か非常に“抽象的”に見えるという、なんとも不思議な印象を受ける映画なんですよ。

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そんなわけで、感想を一言で言うと「よくわからなかった」となっちゃうんですけど、まあせっかくブログを書いてるわけですし、自分の考えをまとめる意味でも、僕なりの解釈を整理してみることにします。

本作を見ていく中で、ずっと気になっていたのは、「なんで本作のタイトルが『白いリボン』なのか?」ということ。

「白いリボン」とは、映画の冒頭で牧師が娘と息子の腕に巻くリボンのこと。
牧師曰く、「このリボンはお前たちが無垢であるように戒めるためのもの」で、「お前たちが子供の頃、もう大丈夫だろうと外したのが私の間違いだった」と、再度巻かれたものです。
このエピソードは、たしかに印象的ではあるんだけど、タイトルになるような”作品全てを内包する象徴”というほどのシーンには思えなくて。

ただ、その後終盤までは「白いリボン」とはあまり関係がない話が続くんだけど、最後の最後で本作のタイトルが『白いリボン』である理由がぼんやりとみえてきます。

ここからは思いっきりネタバレになっちゃうんですが、物語の最後の方で、村で起きていた奇妙な事件の犯人が「牧師の娘と息子を中心とした子供たち」であることが示唆されるんですよ。
そこだけを見ると、抑圧された子供たちが解放の場として犯罪行為に手を染めているという風にも見えるんだけど、実際はそういうわけでもなくて。
彼らが犯罪を犯したのは、「不倫をしていた医師」や「権力を笠に着た男爵」や「純粋さを装う助産婦の息子」への粛正に近いもの。
つまり、「無垢であることを強いる教育への反発」ではなく、あくまで「“無垢であること”を遂行している」なわけで。
言わば、「無垢さ」の原理主義者として行動をしているように見えるわけです。

物語の結末として、おそらく自分の子供たちが一連の事件の犯人であることに気がついた牧師が、彼らの腕から「白いリボン」を外してしまうんですが、「お前たちが本当に無垢になるまでこのリボンを外してはいけない」と縛ったリボンを、このタイミングで外すというのが、またまた解釈が難しいところ。

これはざっくり2通りの解釈ができまして。
1つは「犯罪を犯した二人は“無垢”とは言えないんだけど、牧師が「自分の教育が間違っていなかった」と思い込むために、二人を“無垢”だと認める体を取った」という解釈。
そして、もう1つが「二人の“無垢原理主義者”っぷりを見て、単純に二人を“無垢”だと認めた」という解釈。
医師の表情からはどういう解釈が正しいのかまでは読み取れないが、どちらにせよ、子供たちの“無垢さ”が大人たち(=自分たちのことを棚に上げて、子供たちに“無垢であること”を強いる欺瞞)を駆逐した瞬間がこの映画のラストシーン。
“無垢さ”を振りかざす子供たちの姿は、そりゃあもう心底おそろしいものでした。
(歴史的にも、ドイツでは本作の舞台から数年後に「ナチス」が生まれているわけで。具体的な後日談は描かれないにせよ、この子たちがナチスの中枢になっていくことを考えると、本当にゾッとする結末です…。)

というわけで、結局のところ、「白いリボンを身につけてから外すまで」を描いた本作のタイトルが『白いリボン』なのは、そりゃあまあ必然だと理解できるエンディングでした。

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もう一つ。
本作を語る上で欠かせないのは、大人たちのゲスっぷり!
大人たちは全員が全員なかなかのものなんだけど、特にひどいのが医師!
あいつはヤベェ!!

「医師」は、村の権威としてみんなから尊敬をされている人物ながら、一緒に仕事をしている助産婦を“性的な意味での奴隷”として長年奉仕させ続けるような男。
それでいて、最近いい感じの成長を見せている娘(17歳)に絶賛乗り換え中のクズ野郎なのだ。
まあ、だからこそ、子供たちの“無垢”の標的になるわけですけどね。

それだけでも充分クズなんだけど、用済みになった助産婦への発言が、ホントにもう、衝撃的に酷い!
あまりに酷いので、ここで全文を書いてみることにします。

お前は醜く 汚く 皺だらけで 息が臭い
カバーを殺菌しとけ
ふぬけた死人のような顔をするな
疲れたんだ、他の女を思いながらお前と寝るのは
いい匂いがして 若くて 皺一つない女
だが私の夢想はかなわない
結局またお前が相手で 反吐が出る思いがして
自分が嫌になる その繰り返し。

妻の死後 痛みのはけ口が欲しかった
相手は誰でもよかった 雌牛でもな
娼館は遠いし二ヶ月に一度では私には不十分だった
被害者面をしてないで帰ってくれ

その発言を攻め、責任を取れと迫る助産婦に対して、

帰れ!お前には自尊心がないのか

と、さらなる追い打ちで怒鳴りつける始末。

まったく、映画史に残るクズ発言だ、これは!

なんだかんだと映画本編の分析的なことを書いてはみたものの、実のところこの台詞のインパクトこそが一番印象的で。
その結果、「なんだか嫌な気分になる映画だった。」と思ってしまったというのが、本作に対する正直な気持ちだったりもするのでした。

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というわけで、映画本編の影響なのか、感想も断片的で全体を通して何を言いたいのかがわからなくなってきた感もあるけれど、まあ、そういう映画だったということでしょう。

謎は謎として残っている部分もあって、医師や助産婦が最後にいなくなってしまう理由なんかも謎なんだけど、最大の謎は語り手である教師と恋人のエヴァのその後が描かれないところ。
二人の出会いや、恋のエピソードを散々描いておいて、最終的には何も見せないという演出の意図は、なかなか意味不明でしたよ…。

そんなこんなで強引に今日の感想をまとめますと、
本作『白いリボン』は、ものすごく丁寧で緻密に作られた映画なのは間違いない作品。
ただ、細かい部分でのよくわからない箇所の積み重ねが、映画全体の印象を「意味不明」で「抽象的」なものにしているということなんでしょう。

そういう意味では、本作『白いリボン』の鑑賞が、他の映画では味わえない不思議な映画体験であるのは間違いなくて。
「不思議」で「不愉快」で「意味不明」ではあるものの、「それもまた映画!」とでもいう感じ。
他では味わえない感情を刺激される映画なのは間違いなく、なかなか刺激的な映画体験になった一本なのでした。

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