僕はどうも感情移入する先を間違えたらしい・・・。 映画『少年と自転車』ネタバレ感想

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先日、当ブログで『死ぬまでに観たい映画1001本』の英語版『1001 Movies You Must See Before You Die』の2012年版追加映画をまとめたんですが、その中でタイトルになぜがグイッとひきつけられてしまった本作『少年と自転車』。
おそらく、青春映画の傑作『ヤング・ゼネレーションの“あの感じ”を想像してしまったからなんだと思うんですが、「このタイトルで面白くないわけが無い!」と確信してしまい、早速観てみました。

さすがに「カンヌ国際映画祭グランプリ」を筆頭に、もろもろの映画賞を受賞した作品ってことで、かなりクオリティが高い作品で。
派手なシーンこそないものの、「子どもの成長」と「母の愛」という、“最近の僕が心を打たれやすいテーマ”が題材だったこともありグッと来たのは確かなんですが・・・。
正直、主役の二人に感情移入が全く出来なかった、というか、サブキャラのどうでもいいヤツに感情移入してしまったせいで、ものすごく消化不良の映画になってしまいました。

うーん。男でこの映画を好きになるのはちょっと難しいかもしれないなぁ。。。

作品概要

2011/ベルギー・フランス・イタリア合作 上映時間:87分
原題:Le Gamin au velo
配給:ビターズ・エンド
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:セシル・ドゥ・フランス、トマ・ドレ

<あらすじ>
父親から育児放棄された孤独な少年が、ひとりの女性との出会いから自立していき、女性もまた少年を守ることで母性を獲得していく姿を描く。自分を児童相談所に預けた父親を見つけ出し、一緒に暮らすことを夢見る少年シリルは、ある日、美容師の女性サマンサと知り合う。週末をサマンサの家で過ごすようになったシリルは、自転車で街を駆けまわり、ようやく父親を見つけ出すのだが……。

感想

56 100点満点 scored by ultimate-ez少年と自転車

というわけで、イマイチ乗り切れなかった本作だったわけですが、まあ最大の原因は、僕が本作をスカッと爽やかな青春映画だと思い込んでいたせいなんじゃないか、という気もしています。
冒頭でも書いたとおり『ヤング・ゼネレーション』みたいな映画を想定していたし、『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』のクライマックスや、ゆずの『夏色』なんてまさにそうなんですが、“若者が自転車に乗ってるシーン”ってそれだけでスカッとするし、なんというか“青春の光”みたいなものを感じるじゃないですか。

そんな“青春”を想像していたせいか、割と無防備な心理状態でこの映画を観てしまったんですが、実は“すっきり爽やか”どころか、なかなかヘビーな話。
キーアイテムとなる「自転車」も、自分を捨てた父親(しかも泣く泣く離れて暮らすというのではなく、明らかに“邪魔臭くなったんで捨てたという育児放棄!)との唯一のつながりを意味しているものでした。

そんな本作のあらすじはざっくりとこんな感じ。

オープニングは、施設に預けられた少年シリルが施設からの脱走を企てる展開から。
自分を施設に預けた父親(おそらく「何日後に迎えに来るから」的な口約束があったがその期限を過ぎたっぽい)の元に電話をかけるんですが、そこには既に誰もいなくて。
まあ、平たく言ってしまえばシリルは父親から捨てられたんですが、それを認めきれないシリルは、自分の目で確かめるべく施設を脱走し、父親の家を訪ねます。
しかし、やっぱりそこはもぬけの殻。
父親はシリルに何も告げることなく一ヶ月前に引越し済み。
しかもシリルの宝物だった「自転車」も、売り払われていました。

失意のまま施設に連れ戻されるシリルですが、脱走騒動の際に知り合った美容室を営む女性サマンサがシリルの自車を買い戻し、施設に届けてくれたことから、シリルとサマンサの交流がスタートします。

父親に売り払われていた自転車ですが、「父さんが自分の宝物を売り払うわけがない!盗まれたんだ!」と、父親の育児放棄っぷりを認めないシリル。
逆に、「この自転車が父さんの居場所の手がかりになるかも!」という期待から、サマンサに里親になってくれるよう依頼します。

一瞬躊躇したものの、シリルの要求を受け入れるサマンサ。
どうせやるならと、結構気合い入れてシリルと向き合うんですが、シリルの目的はあくまで父親探し。
門限なんかも全く無視して父親を探しまくります。

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しかし、やっとのことで探し出した父親はシリルを引き取る気は全くなく、自転車だってやっぱり金目当てに売り払っていたことも判明。
希望を失った少年は街で知り合った不良と仲良くなり、非行の道へと足を踏み入れてしまいます。

本当は誰よりも自分の味方になってくれるのはサマンサであるはずなのに、不良仲間が語る“信頼”に居場所を見出してしまうシリルがもう、腹立たしい!
もちろん、父親の育児放棄。そしてシリルに向ける無責任な発言こそが一番悪いんですが、それにしてもシリルの行動にはイライラさせられます。

それでも、シリルに懸命に向き合うサマンサは、恋人にも愛想を尽かされ「こんなクソガキと俺どっちを取るんだよ?」と責められるも、そこで「シリルの方が大事!」と答えるほどの入れ込みよう。
しかし、シリルはどんどんと深みにはまり、サマンサに刃物を向けるほどに夜の街への依存度を高め…。
ついには“強盗傷害”というなかなかの犯罪にまで手を染めてしまいます。

傷害事件の合間、下手こいたシリルをあっさりと見捨てる不良仲間。
その姿を見て、自分が依存していた“信頼”の安っぽさに我に返ったかに見えたシリルですが、奪い取った金を持って向かった先は父親の元。
バッサリと捨てられたにも関わらず、「お金さえあれば再び父親と暮らせる(父さんが本当に自分を見捨てるわけがない、お金がないのが悪いんだ!)」と信じ続けているシリルの姿が哀れ。
しかし、それよりもさらに悲しいのは、そんなシリルをまたもバッサリと見捨て追い払う父親の姿。

同じく“父親”をやってる身として、この父親のクズっぷりはマジで許せない!!
とは言え、じゃあしょうがないよね〜とは言いがたいシリルの行動(特にサマンサに対する言動)もまた許せなくて、ただただイライラしてしまいました…。

結局、何者からも見捨てられたシリルですが、最初から最後まで無条件で味方をしてくれたサマンサの存在にようやく気がついたシリルは、やっとその愛情を受け入れ、二人の時間が穏やかに動き始めるんですが・・・。

以前の障害事件の被害者と偶然再会してしまったシリルは思いっきり“復讐”を喰らっちゃって。。。
既に自分の犯した罪の重さをわかっているシリルは復讐を受け止め、誰を責めることなく淡々と“復讐”を受け入れます。
そして、“復讐”で傷ついた体のまま、“サマンサの待つ家”へと自転車を走らせるシーンで映画は終わりを迎えます。

これは、バッドエンドではないものの、純粋なハッピーエンドとも言いがたい独特の余韻を残すエンディング!
自分の犯した罪も含めた“現実”を真正面から受け入れるシリルの姿に確かな成長を感じると共に、サマンサの惜しみない愛情がシリルに“帰る家”を与えたというところに、なかなかグッと来てしまいました。

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というわけで、当初想定していた“スッキリ爽やか青春映画”とは違ったものの、少年の成長を描いた名画であることに疑いはない作品なんですが、、、
正直なところ、僕にはなかなか受け入れがたいお話でした。

その原因は大きく2つ。

1つは、サマンサがあそこまでシリルを無条件に愛し続ける理由が理解できないところ。

「これが“母性”よ!」と言ってしまえばそれまでで、もしかしたら女性が観るとすんなり受け入れられたりするのかもしれませんが(確かに、最近子育てをしていく中で「母から子への愛情」の無償っぷりに結構驚いていたりもします。“母性”って確かに問答無用で、強い!)、どうしても僕にはそこに“理由”が欲しかった。
だって、“自分の生活を犠牲にしてまで見ず知らずの子どもを守る”ってよっぽどのことじゃないですか。
はっきり言って、「お前どうかしてるぞ!」という彼氏のリアクションの方が全然理にかなっているわけですよ。
まして、シリルの側はサマンサを利用しているだけなのが丸わかりなわけだし。
“傷害事件”という実の親でさえ見放しかねないろくでもないことをやっているわけだし。

ほんの一言でもいいんで、サマンサがシリルを助け出したいと思わせる“理由”を描いてくれていたら、もっと素直に最後の“愛は少年を救う”な展開に泣けたんだけどなぁ。

そして、もう一つ、シリル、もう少し感謝せい!ってところも引っかかってしまいました。

サマンサとシリルは最終的には深い絆で結ばれているんですが、結局シリルはサマンサに謝っていなくて。
被害者家族との絡みでシリルの成長は感じられるものの、やっぱりサマンサに対して何らかの“筋”を通してもらわないと、僕は素直にシリルを愛せないといいますか。。。

さらに言うと、結局最後まで「自転車」に乗っているのもなんか嫌!
あの「自転車」って、シリルと父親の繋がりの象徴に見えてしまうんで、「父親への依存から脱却し、血のつながりは無いけど本当の愛情をくれた人と幸せに暮らす」というのであれば、シリルは自転車を手放すべきじゃないでしょうかね。

そんなわけで、結局サマンサとシリルを比べると、サマンサのほうが圧倒的に多くのものを失っていて。
対してシリルは、一方的に“与えられる側”にいすぎる気が。。

このバランスの悪さのせいか、結論として「やっぱりシリルをいまいち好きになれない」という状況になってしまって。
そして、「主人公を愛せない」ってことは、結局この映画のことも愛せないもの。
“良い映画”っていうのを頭では理解できているけど、なんか好きになれない。というのが、最終的な僕のこの映画に対する感想です。

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というわけで、主要人物二人にそれぞれ不満が残り、どちらにも感情移入はできなかったんですが、唯一、この映画で感情移入できる人物がいまして。
それが、サマンサの恋人でした。

いやー、彼はもう想像する限り、超不幸!
彼女が突然「ちょっと変わった子ども」を連れてきて、その子と過ごすから週末は会えないと言われ。
夜中に少年がいなくなったからと呼び出されて一晩中その子を探し、ようやく見つけたと思ったら少年から暴言を吐かれ。
それを叱ったら彼女に責められ、それに反論するといつの間にか彼女と別れていた。

いやー、コレはもう完全に「な…何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった…」という話。
「母性=無償の愛」を発動するのは勝手だけど、その裏で犠牲になったひとりの男がいたことを、みなさん忘れないでください!っていう話ですよ!

そんなわけで、そもそもサマンサの恋人に感情移入してしまったのがこの映画を愛せない一番の理由なんじゃないかという気もするんですが、とは言え一般的な感覚からいってあの恋人以外に感情移入できる相手はいないわけで。

うーん。やっぱり「母性」を持っている人が見ないと理解できない映画だったってことなのかな〜。。。
というわけで、「私の母性がビンビン来たわ!」「俺の母性(父性)が震えたぜ!」という人の意見が聞いてみたいものです。
なので、そういう方にコメントいただけると幸いということで、コメントお待ちしております。

Commentsこの記事についたコメント

2件のコメント
  • くんみ より:

    きのう、この映画をみて同じような感想をもちました。ちなみに二人の子どもの母親です。
    同じよう、というのは、映画を観賞中にずっと「なんでサマンサはこんなにシリルに肩入れするんだろう? 自分の子どもを亡くしてるとか?」と勝手に理由をつくりあげるまでに、疑問になってました。
    シリルはというと、ちょうどうちの甥っ子が同じような年齢で、これがまた母親(私の妹)のいう事を聞かないし、シリルが水を出しっぱなしにして止められるとまた水をだす、みたいな行動をしょっちゅうとるので、甥っ子の姿を重ね合わせながらみてました。どこかに甥っ子を理解するヒントがあるんじゃないかって期待して。

    あと一つおもったのは、映画のなかの子どもに対する大人の態度は、日本ではちょっと理解しづらいかも。わたしはいまは19歳になった娘をつれて6年前にNYに引っ越してきて、私の娘に対する「親」ぶりに周囲がドン引きすることがよくありました。

    日本じゃ、子どもは発展途上なんだからわかってないことが多くて、だまって大人のいう事を聞くもんだという(私だけか?)理解ですが、こちらでは子どもは子どもなりの「個人」なのだから、発展途上でもなんでも1人の人間として尊重しないといけないという態度。そんなだから、再婚相手(再婚でアメリカにきたわけですが)の家族の小さい子を預かったときとか、どう接したらいいのか正直困ったもんでした。

    まあ、そんなこんなでいろんなことを考えながら観た映画なのですが、やっぱりこんだけ気持ちに残るというのは、いい映画だったなぁとおもい、他の人はどんなことをおもったんだろうと、ググってこのサイトにたどり着いたのでした。

    映画に対するコメント、おもしろかったです。ありがとう。

  • かのこ より:

    カンヌ映画祭グランプリということでDVDを借りて、今観終りましたが、私にも感情移入しにくい映画でした。でもこの展開、フランス映画にありがちな親子関係(父と娘の方が多いけど)じゃないですかね。ある意味、BFよりもこの男の子を愛するという禁断っぽい雰囲気もフランス風という気がしました。まあ、孤児院に行ってる子でもファッション(来てる服のカラーコーディネートとか)すてきでした、というところです。

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