「俺はこんなオヤジにはならない!」とは思っても…。 映画『LOOPER/ルーパー』ネタバレ感想

Looper poster

劇場で予告編を観た時から気にはなっていたんですが、それと同じくらい「すげーつまらなそうな予感」も感じていた本作。
結局劇場公開時はスルーしてレンタルでの鑑賞となったわけですが、期待もあり、不安もありの、なんともいえない高さのハードル設定が良かったのか、なかなか楽しめるSF映画でした。

この手の「タイムパラドックス」を扱ったSF作品なんて、それこそ腐るほどあって。
だいたいその手の映画にありがちなのが、“小難しい設定を細かくこねくりまわしているわりに、納得のいかない設定の矛盾点や粗なんかが目立って文句を付けたくなる”という展開。
しかし本作は、ゴチャゴチャ細かい要素はなるべく表に出さず、“画”のおもしろさに終始しているのが魅力的!
しかも、これまたSF映画にありがちな“最先端CGを使った超絶スペクタクル映像”とは全く違う切り口の“画づくり”が面白い!!

あんまりブルース・ウィリスの出ている映画にはまったことの無い僕ですが、フィフス・エレメント以来、個人的にかなり満足のいくブルース・ウィリス作品でした。
(『フィフス・エレメント』がまた賛否の分かれる映画なんですが、あの世界観大好きなんです!)

『LOOPER/ルーパー』の作品概要

2012/アメリカ 上映時間:118分 PG12
原題:Looper
配給:ギャガ、ポニーキャニオン
監督:ライアン・ジョンソン
出演:ブルース・ウィリス、ジョセフ・ゴードン=レビット、エミリー・ブラント

<あらすじ>
タイムマシンの開発が実現するも、法律で使用が禁じられている近未来。法を恐れぬ犯罪組織が、消したい標的をタイムマシンで30年前に送り込み、そこにいる「ルーパー」と呼ばれる暗殺者に標的を殺させていた。凄腕ルーパーのジョーはある日、いつものようにターゲットの抹殺指令を受けるが、未来から送られてきた標的は30年後の自分自身だった。

感想

71 100点満点 scored by ultimate-ezLOOPER ルーパー

というわけで、あくまで“個人的に”ですが、かなり満足できた本作。

もちろん“つっこみどころ”がなかったわけでは無いんですが、冒頭でも書いたとおり、“最先端CGを使った超絶スペクタクル映像”とは全く違う切り口の“画づくり”がすげー好みでした。

具体的に言うと、好きなところは2箇所ありまして。
一つは、人間が未来から転送されてくるシーンの演出

タイムスリップを描いた映画は数知れずあって、その手の映画の見所の一つがまさに“タイムスリップ”の表現。
バック・トゥ・ザ・フューチャーだと、“デロリアンが光の輪に包まれてワープ⇒炎のタイヤ跡を残す”という演出が印象的だし、ターミネーターだと“全裸のシュワちゃんが光の球体に包まれてバチバチバチっと金網を焼き切って登場”みたいなシーンが印象的。
タイムマシンだと“時間の流れが圧縮されて、1日の経過が光の明暗のちらつきになり、太陽の動きの軌跡が光の輪になり、四季が高速で巡り、地殻が変動して、、、(ジョジョが好きなら、第6部のラスボス・プッチ神父の完成された尿力『メイド・イン・ヘブン』の演出と言えばわかりますかね?)というあの演出こそが作品の一番の見所だったりしたもので。

そんなわけで、「作品としての色を出しやすい」と言いますか、タイムスリップを描いた作品の“象徴”になりやすいシーンが“タイムスリップシーン”なわけですが、本作のタイムスリップシーンはそういう意味ではものっすごく“逆にスゴイ”作品でした。

というのも、本作のタイムスリップシーンって、“何の前兆も余韻も無く、ヒョコっと一瞬で人が現れる”というもの。
光がバチバチしたり、炎が舞ったり、ギュイ〜〜〜ンという効果音も一切無し。

ヒョコっ。
以上。

このインパクトがスゴい!!

こういうぶつ切りで物を消したり現したりって、言うなればVFX表現の一番基本と言いますか、一番原点的な表現方法の一つ。
ハンディカムやiPhoneの動画なんかでも簡単に作成できるので、遊びでサクッと作れる類の映像表現。
(Eテレの子ども向け番組『ピタゴラスイッチ』の中の関根勉さんのコーナー『こんなことできません』でも、この手の映像表現での遊び方がいろいろ説明されてます。)

もちろん、“超低予算でいたしかたなく編集ぶつ切りでタイムスリップさせました”っていうんだとなかなか残念なお話なんですが、この映画はそういうわけではなく。
タイムスリップと同じく重要なキーとなる超能力の表現など“バリバリCGのスペクタクル映像”もしっかりやっていて。
だからこそ、ここだけ“ヒョコっ”なのがものすごいインパクトを生んでいるんです。

これはもう、完全に作り手の仕掛けたマジックにはまってしまったということ。

「あえて手書き」とか、「あえて実写」とか。
デザインの分野において、“あえてアナログ的な手法”や“あえて前時代的な手法”を使うことって最近は少なくないんですが、映画においても“大作映画において今では誰も使わないようなVFX表現”を使うことがここまでのインパクトを生むとは!!

もう、この1点だけをもってしても、僕はこの映画が大好きですよ!

Looper 01

さらにもう一点、“現代の自分”から“未来の自分”への影響の伝わり方が非常におもしろい!

これまた“タイムスリップもの”の作品においてはテーマになりやすいネタとして、“タイムパラドックス”というのがありまして。
有名なものだとバック・トゥ・ザ・フューチャーで過去に戻ったマーティが両親の出会いのきっかけを邪魔してしまい、「このままじゃ自分が生まれない!」という矛盾が生じてしまうという状況。
つまり、“過去”を変えることで“現在”にも影響を与えてしまうというのが“タイムパラドックス”なんですが、この“タイムパラドックス”をどう表現するかっていうのも“タイムスリップモノ”の醍醐味。
これまた『バック・トゥー・ザ・フューチャー』だと、矛盾を解消すべくマーティの存在が消えかかったり、一つの事象から複数の未来が展開していくようなものもあるし、『ドラえもん』みたいに“手順は違うし細かいことは変わるけど、必ず同じ未来に辿り着く。新幹線に乗っても飛行機に乗っても結局は目的地にたどり着くでしょ?”というわかるようなわからないようなモヤモヤした哲学を持った作品もあったりします。

そんな中、本作の“現在”と“未来”の関係性は、“現在”で行ったことが、ちゃんと“同一線上の未来”に影響を与えるという、最も基本的な形をとっていまして。
そして、この“関係性”が“拷問”として使われるのが個人的に超グッときました!

具体的に言うと、
主人公ジョーをはじめとする「ルーパー」と呼ばれる人たちは未来の犯罪組織と契約を結んでいる身。
未来では“人を殺して死体を捨てる”という行為を行うのが難しくなったため、処分したい人間を過去に送り、過去世界で処理しちゃうというのが「ルーパー」たちの仕事で。
“処理したい人間”と一緒に送られる“銀の延べ棒”が報酬としてルーパー達に支払われています。

ただし、その事実を知っている「ルーパー」たちの存在も組織からすればやっかいなもの。
というわけで、ある程度仕事を続けた「ルーパー」たちは“金の延べ棒”と共に過去に送られ、過去の自分によって殺されるというルールがあり、このルールを専門用語で“ループを閉じる”と呼びます。

で、あるとき一人のルーパー「セス」が“未来”の自分を殺しそこない、“ループを閉じる”ことに失敗してしまうという事件が発生。
“未来のセス”は死にたくないので逃げまくるんですが、組織の人間たちは“未来のセス”を追いかけることなく、冷静に“現在のセス”を拉致し、拷問を与えます。

ただ、この演出が面白くて、“現在のセス”への「拷問シーン」自体は描かれません。
代わりに、まずは“未来のセス”の腕に「○時にどこどこへ来い」というメッセジが“古傷”として現れまして(つまり、“現在のxxx”の右腕に、30年後にも残るような傷で文字を刻んでいるということ)。
続いて、“未来のセス”の手から小指が消え、薬指が消え、中指が消え、人差し指が消え…。
さらに、鼻が削がれ、顔に焼きゴテが当てられ、腕が消え、足が消え…。

四肢の欠損や顔面の崩壊が全て“古傷”として現れていくという。
つまり、“現在のセス”に対して拷問に次ぐ拷問を行うことで、“未来のセス”にも影響が与えられていくということなんですが、血みどろの拷問シーンを描くのではなく、30年後の“結果”のみを見せる事で、逆に筆舌しがたい拷問シーンを“想像してしまう”わけで。
これが“Jホラー映画”などではおなじみの、“具体的なシーンが見えないからこその恐怖”として機能していて、個人的には“映画史に残るエグい拷問シーン”の一つとして、なかなか忘れられない仕上がりになっていました。

Looper 02

というわけで、上記2つの“印象的な画”が見れた時点で満足の作品だった本作。

それ以外にも、例の“拷問”の仕組みがオチの伏線になっていたり、“過去の自分”の行為が“未来の自分”の記憶として定着していく表現とかもイケてまして。
おそらく特殊メイクを使っているんでしょう、ちゃんとブルース・ウィリスに似ているジョセフ・ゴードン=レビットの顔や、マンガ『AKIRA』を彷彿とさせる超能力少年など、見どころもそこかしこにありました。

さらに、“未来のジョー”は現在においてはまだ子どもであるはずの“ボス”を殺そうと画策するんですが、その行為こそが“ボス”を生み出す結果を導くという展開がありまして。
そして、その負の連鎖を止める“現在のジョー”の行為は、(“未来のジョー”を消滅させてしまうんだけど、)未来に起こる“不幸”を止め、結果的には“未来のジョー”への救いにもなっているという展開が、すげーよく出来ていて。

さらに、現実として“未来の自分”と対峙しているにも関わらず、「おれはこんなオヤジにならない!」と対立姿勢をとり続けるジョーの心理も、まったく論理的ではないんだけど共感できる心理で、すげーよくわかります。
まあ、そう思っていても「いつかはこんなオヤジになってしまう」わけですがね。。。

ただまあ、不満点がないこともなくて、例えば“未来では人を殺すことが事実上不可能になったから過去に送って殺す”という前提のお話だったにも関わらず、ブルース・ウィリス演じる未来のジョーが組織に襲われたとき、組織の連中は普通に銃をぶっ放して、奥さんがあっさり撃たれて殺されてしまうところで「ん?ん??ん???」となったりもします。
あれがOKなら「ルーパー」の存在意義はなんやねん!という、ね。

ただ、まあSF映画に多少の矛盾は付き物と言う事で。
グッと来るシーンが観れたのなら、細かいことはスルーしましょうというのも、SF映画の見方としては必要なんだってことで目をつぶりますよ!

という感じで、今日もまたまとまりのない感想文になってしまっていますが、SF映画っていうのはやっぱり非現実が映像として具現化されることこそが最大の魅力で。
そういう意味で、“おもしろい画”を見えてくれた本作は、細かいことは抜きにして理想的なSF映画!
特に、要素をどんどん盛りこんで“すごい画”を作ることが多いジャンルにおいて、ものすごくシンプルで“古めかしい手法”を使うことで、逆に印象的な“画”を作ってみせた本作は、“感動”とか“感激”というより“感心”という意味で満足度が高い作品なのでした。

正直、“過去最高の傑作だ!”というほどの熱い想いを感じる作品というわけでもないんですが、普通によく出来ていて、普通に面白い映画でしたよ、コレ!

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