ことごとくピンと来ないけど、凄いことは凄い! 映画『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』ネタバレ感想

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今年のアカデミー賞にノミネートされたことで話題になっていた本作『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』
レンタル開始されていたので観てみました。

予告編を適当に観ていた印象で、僕はこの映画を「少年パイくんが虎と一緒のボートで漂流し、最初はうまくいかなかったけど長い漂流の果てに種族を超えた友情を築いていく」みたいな話だと思っていて、なんなら“実話”だとすら思っていたんですが、それが全然違ったことにビックリ!!
実話どころか、これって完全に“寓話”じゃん!

そんな多大なる勘違いをしていたわけで、“驚き”という意味ではかなり驚きの映画ではあったんですが、内容についてはなかなか受け入れにくい話でした。
ただそれは、本作が駄作ってわけでもなくて、ただ単に本作を見る上での“前提”があまりにも足りなかったという僕側の問題だったりして。
そんなわけで、なんだか感想を書きにくいし、いつもやっている「作品に対して点数をつける」というのがなんだか非常におこがましい気持ちになっています。

ま、いつもどおり点数つけちゃうんですけどね。

作品概要

2013/アメリカ 上映時間:126分 G
原題:Life of Pi
配給:20世紀フォックス映画
監督:アン・リー
出演:スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、

<あらすじ>
1960年インド・ポンディシェリに生まれた少年パイは、父親が経営する動物園でさまざまな動物たちと触れ合いながら育つ。パイが16歳になった年、両親はカナダへの移住を決め、一家は動物たちを貨物船に乗せてインドをたつが、洋上で嵐に遭遇し貨物船が沈没。必死で救命ボートにしがみついたパイはひとり一命を取りとめるが、そこには体重200キロを超すベンガルトラがいた。
第85回アカデミー賞で全11部門にノミネートされ、アン・リーが自身2度目となる監督賞受賞を果たした。

感想

40 100点満点 scored by ultimate-ezライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日

そんなわけで、全く共感できず、ノれない作品だった『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』。
というのも、本作は大きく2つのテーマを扱った作品だったんですが、2つのうちより重きを置いているテーマが「信仰」ってところがいきなりハードル高め。
特に何の信仰も持たず、特別な宗教観も持っていない“典型的日本人”の僕にとって、全く持ってピンとこない話すぎるわけなんですよ。

“宗教”っていうのは映画のテーマとしては割りと「よくあるテーマ」ではありまして。
まあそもそも、僕はそういう映画がことごとくピンと来ないんですが、これまでに観た「宗教」を扱った映画って、「キリスト教」だったり「イスラム教」だったり、どれか特定の宗教観に基づいた映画がほとんどでした。
そのため、「よくわからない」「ピンと来ない」理由っていうのは、特定の宗教における“共通認識”を持っていない。つまり、「知識がない」から「よくわからない」という感覚だったんですよ。

それってまあ、「しょうがないね」と簡単に流してしまえる感覚でもあるし、「きっとこういう前提があるんだろうな」という想像を膨らませることで「イマイチ共感はできないけれど、なんとなく言いたいことはわかるような気がする」と、“理解したつもり”になることくらいは可能だったんです。

ただ、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』のテーマってどれか特定の宗教に依存したものではなくて(その象徴として主人公のパイくんは複数の宗教を同時に信仰していて、父親から「何でも信仰するのは何も信仰していないのと同じ」とdisられています。)
個別の宗教への信仰ではなく、“信仰そのもの”がテーマなんですよ。

そのため、本作に対する「よくわからない」「ピンと来ない」という印象は、知識がないことに依るものではなく、「“信仰する”という感覚そのものの欠如」によるもの。
そんなわけで、“理解したつもり”になることすらできないというのが本作。
これはもう、「手の打ちようがない」としか言いようのない感覚です。。。

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そんなわけで、映画の本質的なテーマに対して絶対的に共感できないという非常に残念な映画体験になってしまったわけですが、、、

具体的に言うと、まず「遭難以前。パイくんなりの宗教観が構築されるまでを描いた前半40分」が全くもって微塵もピンと来ません。
むしろ、「まだ漂流始まらねぇのかよ!長ぇよ!」という的外れな怒りすら感じてしまう始末。(一応補足しておきますが、ちゃんと宗教観を持った人にとっては、映画の前提となる重要な40分なんだと思います。これがあって、遭難を経て、パイくんが“信仰”を手にする話なわけですからね。)

さらに、虎との漂流生活を経てパイと虎が辿り着くあの“島”。アレもまた全くピンと来ません。
もちろん、あの島が“信仰”の象徴で、ミーアキャットたちが“信者”の象徴なんだってことはわかるんですけど、あの島が“人喰い島”だってことに対して、まったく何のショックも感じることができないわけで…。
そのため、あの島での20〜30分くらいのくだりについても、「わー、ミーアキャットがいっぱいいてインパクトあるな〜」「あ、ミーアキャットが虎に食われた!」「夜の島が綺麗だな〜」という、バカみたいな感想しか持てませんでした・・・。

というわけで、冒頭の40分+終盤の20〜30分がよくわからない。つまり2時間ほどの映画における1時間強のパートに対して、全くピンときていないというこの惨状。
まあ、そりゃあこの映画を楽しめるわけがありません。
そんな状態でこれ以上この映画の感想を綴ることに意味があるのかもわからなくなってきましたが、まあ、気にせず続行します!

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さて、そんなわけで本作の二大テーマのうちの1つについては、そもそも門前払いに近い感覚で共感できなかった本作。
では、残りのもう1テーマについてはどうだったかというと、そっちはそっちでまあ思うところありな感じ。

ここから先はあっさりと物語の核心についてのネタバレになりますので、オチを知りたくない人はこれから先は読まないでください。
(いつもは前置きなしにネタバレ書くくせに、今日に限って注意書きを書いているのは、まあオチが凄かったから。別にネタバレ観てもいいや!という人も、なるべくならオチを知らずに映画で驚いてほしいんですよ!!)

さて、前置きは済んだところでネタバレですが、まあ早い話、本作での虎との漂流のくだりって作り話なわけですよ。

インドで動物園を営んでいたパイくん一家が動物と一緒に渡航中、船が沈没⇒救命ボートに乗ったパイだけが助かって。
乗っていた救命ボートには怪我をしたシマウマが同乗していて、さらに漂流中のオランウータンが合流。
しかし、ボートの陰に潜んでいたハイエナが登場しシマウマを捕食!
オランウータンも襲い殺して食ってしまい、さらにパイにも襲い掛かってきたとき、ボートのさらに奥に潜んでいたトラが現れてハイエナを一撃で屠ってしまいます。

その後、副題にもあるように虎と一緒に227日間の漂流生活をするわけですが、はじめは虎の目を盗み、ボートからロープを伸ばした先にイカダを作ってやり過ごしていたパイくん。
しかし、何度も虎に襲われかけながらも決死の思いで虎と向き合い、やがてはお互いを尊重しながら支えあうような関係になっていきます。
クジラのジャンプによって食料を失ったり、大嵐に巻き込まれたり、先述した“信仰の島”で殺されかけたりしながらも、227日間の漂流を乗り切り、ようやくどこかの島へと漂着するパイ少年と虎。

しかし、お互いを認め合い理解しあえたと思えたパイの目前で、虎は“パイのことを振り返ることなく”ジャングルの中へと消えてしまって。
「気持ちが通じた」と思っていたのが自分だけだったことにショックを受け号泣しながらも、パイ少年はなんとか生還を果たし、今に至ります。

と、ここまでがパイが語る漂流記なんですが、実はこのエピソードには“もう一つの話”というのがありまして。

実はこの漂流の話に登場する動物たちって、「シマウマ=怪我をしていたアジア人の乗客」「オランウータン=パイの母親」「ハイエナ=荒くれ者のコック」という”喩え話”なんですよ!

そう、実は救命ボートで助かったのはパイ以外にも3名いて。
救命ボートの上では、助かったうちの一人(コック=ハイエナ)が周りの人間を襲うという壮絶な出来事があったというわけ。
その壮絶な出来事をぼかすため(もしくは自分なりに受け入れるため)、パイは動物が登場する“物語”に置き換えて、このエピソードを語っていたというのが真実なんです。

そして、「虎」っていうのは、ハイエナと対峙した時にパイの中から飛び出した「パイくん自身」の象徴。
これはつまり少年の中にある「暴力性」であり「若さそのもの」の象徴ってこと。
227日にも渡る漂流を乗り切る中では、その「暴力性」「若さ」をコントロールすることが必要で。
そして、「暴力性」を制御できるようになるということは、すなわち「若さ」との決別であり、少年から青年への成長を意味していて。
パイくんが最後に流す涙が、振り返らずに去っていく「若さ」を前に感じるほろ苦い気持ちってのも最後にわかるんですが、、、

果たしてあの状況で、パイ少年が「虎(自分の中の暴力性)」を制御する必要性ってあったんでしょうか?

いやまあ、確かに「虎」がいなければパイは緊張感を維持できず、過酷な状況に飲まれてしまって死んでいたんだろうし、逆に「虎」だけの状況だったら後先考えない行動でこれまた死んでいたのかもしれない。
つまり、虎を制御しバランスを取ることができたから助かったってことはわかるんですけど、「自分の中の虎を制御する=大人になっていく」を表現するなら、“シマウマやオランウータンが生きていて、それに襲い掛かろうとする虎を諌める”という状況の方がはるかにわかりやすいわけで。
虎と二人きり(つまり、ひとりきり)の状況なら、多少「虎」が暴れてもいいんじゃね?と思ってしまうんですが…。

そんなわけで、「虎=自分自身」と向き合う物語としても、「虎をコントロールするための動機」が今ひとつ感じられず。。。
本作の2つ目のテーマでもある「少年の成長」についても、まあわからんでもないけれど、もうちょっと強い動機付けがあった方が共感しやすいんだけどな〜という感じなのでした。

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というわけで、本作『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』の中にある大きな2つのテーマのうち、“少年パイくんが信仰を手に入れるまでの物語”については、根本的に全くピンと来ず。
もう一つの“少年パイくんが、青年へと成長していく物語”としては、うっすらとは共感できるけど、まあ「虎」を自由にさせてあげてても誰も困らなかったんだしいいんじゃない、と思ってしまった次第。

結果的に、僕にとってのこの映画は“映像が超キレイな映画”っていう一点を褒めるしかない感じです。
ただ、その一点のクオリティが凄まじく高くて、それだけでも観てよかったと思えてしまうのがこれまた厄介。

なんていうんでしょうこの映画。
いろいろ言いたいこともあるし、僕には全くはまっていない作品なのに、やっぱりスゴイはスゴイ作品なんですよ!

何だかんだ不満を書きつつ、これが“間違いなく素晴らしい映画”ってことも理解できちゃうし、どうせなら映画館で観たかったな!なんてことも思っちゃう。
これはもう、しっかりと“信仰”に関する下地のある人が見たら、オールタイムベスト級の映画なんだろうな、っていうのも理解できちゃう。
でも、僕にはピンと来ない!!
この感覚、どう処理したらいいんだ!!!

いやー、なんとも感想を書きにくい映画です、まったく。。。

Commentsこの記事についたコメント

1件のコメント
  • zsy より:

    この映画を理解出来なかって残念です。
    実は,無人島の形を回想してみたらなんとなく分かるはずじゃない?
    船が沈む前の30分はすべてメタフェです,宗教の話ではなく後の一連の出来事への解釈です。蓮という花=母,つまり,パイは,母の遺体を食べて生き残ったということです。無人島=母。だから,夜になったら胃酸が湧いてくる,歯だけを蓮の中に残っていた。パイは,この恐ろしい事実を忘れたいので,信仰心を借りただけ,実際のところ宗教はただの現実逃避の道具すぎない。

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