浮かび上がってくる「タイトル」の真意が胸を打つ。 小説『サクリファイス』(近藤史恵)ネタバレ感想

サクリファイス (新潮文庫)「このミステリーがすごい!」の2008年版第7位で、Kindle本がセールになっていたので読んでみた本作。

失礼ながら、本作の存在も著者の近藤史恵さんのことも存じておらず、まったくノーマークの作品だったんですが、これがなかなかの傑作で。
「ロードレース」というなかなか馴染みのない世界の話を興味深く読ませてくれる小説で、自分自身も自転車にのって山岳コースを走り抜けているような疾走感にあふれる描写がとても心地いい作品でした。
この爽快感は、非常に「青春小説的」なんですが、中盤以降の“ある仕掛け”によって、二転三転するミステリーへとシフトしていく展開も魅力的。
読み進めているうちにすっかり忘れていましたが、そうでした!本作は「このミス」受賞作なんでした!

しかも、ただのミステリーというわけではなく、東野圭吾の『容疑者Xの献身』にも通じるような「泣けるミステリー」ってところもポイントが高いんですよ。
ちょっとだけ荒削りな部分があるのも否定できないんですが、それを理由に読まないでいるのはあまりにもったいない傑作で。
本作を読むきっかけになった「Kindleセール」に、マジで感謝しています!

作品概要

2007 日本
著者:近藤史恵
発行元:新潮社

<あらすじ>
ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと――。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた!

感想

82 100点満点 scored by ultimate-ezサクリファイス

というわけで、個人的には超掘り出し物だった本作『サクリファイス』。
まあ、立派な賞をもらってる作品を“掘り出し物”と言っちゃうのも我ながらどうかとは思うんですけどね。

でも、本屋で平積みされているわけでもなく、口コミで噂が回ってきたわけでもなく、ただ「何気ない気持ち」で手にとった作品がスゲー面白かった時って、「本好き」にとっては至高の瞬間で。
「こういう出会いがあるから本を読むのをやめられない!」なんて思っちゃったりもするわけで。
『サクリファイス』は、まさにそういう本でした。

そんな本作の何が魅力かって言うと、まず何より「ロードレース」という舞台がいい!
「ロードレース」って、少なくとも僕にとってはほとんど馴染みがないスポーツで。
正直、「チャリンコのレースでしょ?」ぐらいの、ざっくりとした認識しか持っていませんでした。
そんな未知の世界である「ロードレース」の世界を“紹介”する本として、本作は非常によく出来ているんですよ。

例えば、ロードレースは完全にチーム戦で「エース」と「アシスト」という役割がきっちりと決まっていること。
ロードレースは「走行中の空気抵抗による疲労」との戦いで、チーム内で「アシスト」が風よけになり「エース」の体力を温存させるのはもちろん、敵対しているチーム間でも協力しながらレースを展開していく“紳士のスポーツ”であること。
日本というロードレース弱小国の選手が世界的なチームで活躍するためには、「アシスト」としての能力が求められていること。などなど。
他にも自転車の素材の種類だったり、山を登るときの自転車の漕ぎ方の種類だったり。ロードレースのプチ情報も満載で、単純に「好奇心が満たされる」感覚が心地いい作品でした。

この辺り、主人公の白石誓という人物を「アシスト」の選手に設定しているのが本作の構成の巧さ。
誓は元々、陸上の中距離走でインターハイ1位になるような選手だった選手。
「みんなの期待」というプレッシャーの中を“たった一人”で走るスポーツの選手から「アシスト」として“誰かのため”に走る選手へと転身した誓の視点を借りる事で、「アシスト」の犠牲の上に「エース」が勝利するという“ロードレースの特殊性”が非常にわかりやすく表現されていて、しかもそれが説明的でなく感覚的に表現されているってところが実に見事です。

そしてその“特殊性”を象徴している『サクリファイス』というタイトルも巧い!

しかも、中盤以降の展開により、この『サクリファイス』というタイトルの真の意味が浮かび上がってくるわけで。
いや〜、これは「ミステリー好き」にはたまらない”仕掛け”です!

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そんなわけで、「ロードレースというスポーツ+ほんのちょっぴりの恋愛要素」の青春小説だった序盤から一転、中盤以降は誓が所属するチームのエースである石尾豪という人物のある“疑惑”を軸にしたミステリーへとシフトしていくことになる本作。
この中盤以降の展開は、当初想像していた内容をどんどん覆していくような怒涛の展開で、序盤の「青春小説」とは全く違った意味でドキドキさせられる展開でした。

石尾の“疑惑”の内容は「3年前、頭角を現し始めた新人を、エースの座を守るために事故に見せかけて再起不能にした」というもの。
誓はその“疑惑“に振り回されつつ、自分自身の才能をどんどんと開花させながら、物語はどんどんと加速していきます。

そして、、、

いや、やっぱり本作に関しては、核心のネタバレを書くのがどうしてもためらわれてしまう。。。

というのも、昨今話題に上がってくる「スゴいミステリー」って「叙述トリック」を使った作品が多い気がしていて。
叙述トリックのミステリーって、瞬間的な驚き、謎解きのインパクトはスゴいんだけど、本を閉じると内容を忘れてしまうような「瞬発力」だけの作品になりがちで。
一方、本作においての「ミステリー」は、叙述トリックを使った作品ほどのインパクトはないものの、「記憶に残る」ミステリーなんですよ!

冒頭にも書いたように、その印象はどこか『容疑者Xの献身』を思わせるような味わいで。
そして、あくまで“色恋”を動機としていたた『容疑者Xの献身』に比べ、より崇高な『献身』を見せる本作の“動機”の方がより泣ける展開なんですよ!
しかも、その”動機”が、「ロードレース」を象徴していた『サクリファイス』というタイトル真の意味を照らし出している構成も素晴らしい!

まあ、ちょっと批判的な見方をするとすれば、終盤〜クライマックスの展開はやや強引で、力業で二転三転させている感があったりもして。
その主たる要因は、本作のミステリーの中核をなす人物「石尾さん」の
人間性をまったく掘り下げていないところなんです。
だから、「石尾さんが何を思って行動していたのか」ってところが“後出しジャンケン的”にも感じられて、「ミステリーとしてフェアじゃない!」とも思ってしまったりもして。
そこだけが非常にもったいないと思ってしまいました。

いやまあ、散々泣けたし、グッと来たんですけどね。

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というわけで、本作『サクリファイス』は、ミステリーとしての「粗」は少なからずある作品ながら、個人的にはあの『容疑者Xの献身』を超えるような「泣けるミステリー」でした。
さすが、『このミス』だけではなく『本屋大賞』にノミネートされた作品だけあって、単に“ミステリーとしてスゴい”という以上の力があります。

そして何より、「ロードレース」という未知の世界の魅力を存分に味わえる点が非常に魅力的でした。
特に、誓が得意とする山岳コースの描写は素晴らしく、山を登っていく時の苦しさや、坂を下るときの疾走感を感じさせる文章の表現力が実に素晴らしい!
「ロードレース」はよく知らなくても、“自転車で坂道を下っていく気持ちよさ”を知っている人であれば、あの“気持ちよさ”を文章で味わえるのが、この『サクリファイス』という作品なわけですよ。
この“爽快感”を味わうためだけでも、一読の価値がある作品でした。

ちなみに僕は、生ではもちろん、TV中継ですら「ロードレース」を観戦したことがなく、「ロードレース」については全くの無知だったんですが、それでも「ロードレース」というものについて“いい印象”しか持っていませんでした。
それはきっと、超傑作の青春映画『ヤング・ゼネレーション』の存在と、敬愛する漫画家&イラストレーターの大友克洋さんがロードレースの漫画やイラストをよく描いているからなんでしょう。

そしてまた、本作『サクリファイス』の存在により、僕の中の「ロードレース」の地位は向上しているわけです。

まったく無知で何の馴染みもないはずの「ロードレース」。
それなのにいつの間にか、「ロードレース」を題材とした作品が僕の中でかなり打率の高い“ツボ”になっていて、なんなら「ロードレースものはスベらない!」とまで感じてしまっているのが自分でも不思議なのでした。

「ロードレース」作品はなぜこんなに心に響くのか。
その答えはまだ見つかってはいないんですが、なんとなく「人生とは自転車のようなものだ。倒れないようにするには走らなければならない」というアインシュタインの名言と、「自転車なんだよ人生は」という東京プリンの曲名を書いて、今日の感想を締めたいと思います。
チリンチリン〜

自転車なんだよ 人生は

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