そのすべてが眩しい。世界よ、これが日本の青春映画だ 映画『桐島、部活やめるってよ』ネタバレ感想

Posterかなり評判がいい作品だったことは知りつつも、僕はあまり邦画を見ない方なもんでついついスルーしていた本作。
DVDならばってことで、レンタル開始早々に観てみたんですが、いや〜コレはホントにいい映画だ!!
こんなことなら映画館で観たかったと、心の底から後悔してしまいました。

主役級のメンツから端役まで、登場人物がいちいちリアルな“存在感”を持っていて、「あぁ、こんなヤツいたわ!」と記憶がどんどん刺激されてしまう感覚は、「映画」のみによってもたらされる感覚ではなく、自分自身の記憶も込み込みの感覚といった感じで。
無防備な「精神の核」を直接いじられているような息苦しさすら感じる映画でした。

僕にとっての高校時代って控えめに言っても「人生で一番戻りたくない時代」で、とにかくいろんな歪みに押しつぶされそうな頃だったわけでして。
大袈裟になってしまえば、まあ、はっきり言って「地獄」だったんですよ。
当時どんな気持ちですごしていたかというと、ホントに複雑な要因が絡んでいて一言で言ってしまえるようなものでもないんだけど、あえて一言でいうならば、それは「居場所がない」という感情で。
今になって思えば、すげーちっぽけな悩みなんだけど、あの頃はそれが“全て”だと思い込んでいたんですよ。

そういう、高校時代の地獄のような記憶が蘇ってくる本作は、感動した!とか、泣けた!とか、そんな単純な感想を持てる映画ではなく、とにかく苦しい映画で。
それでも、そこに微かな爽やかさを感じ、ほんの僅かながらも「あの頃に戻りたい」と思わせるキラキラとした“何か”があって。

ああ、これが青春の輝きなのか、と。
そして、どんなに地獄の日々だったとしても、もう二度と戻ることの出来ないかけがえのないものが青春時代なんだと。
そんな青春時代のキラキラとした眩しさ、そしてその美しさに、完全にヤられてしまいました。

いやー、僕は基本的に邦画を舐めてる節があるんですが、こんな映画が現れていたとは!!
個人的には、ここ10年で一番の日本映画ですよ!

作品概要

2012/日本 上映時間:103分 G
配給:ショウゲート
監督:吉田大八
出演:神木隆之介、橋本愛、大後寿々花

<あらすじ>
田舎町の県立高校で映画部に所属する前田涼也は、クラスの中では静かで目立たない、最下層に位置する存在。監督作品がコンクールで表彰されても、クラスメイトには相手にしてもらえなかった。そんなある日、バレー部のキャプテンを務める桐島が突然部活を辞めたことをきっかけに、各部やクラスの人間関係に徐々に歪みが広がりはじめ、それまで存在していた校内のヒエラルキーが崩壊していく。

感想

99 100点満点 scored by ultimate-ez桐島、部活やめるってよ

※本日の『桐島、部活やめるってよ』の感想文は、過去最長のクソ長い文章になっておりますので、ご注意ください。。

映画冒頭から、この映画が「高校という社会におけるヒエラルキー」を描いた映画ってことはビシビシと伝わってきつつも、僕はこの映画を「前田くんを中心とした映画部、すなわち高校ヒエラルキーの最下層に位置する“オタク”を主人公とした革命の映画」なんだと思い込んでいまして。
どうせ、「“橋本愛”をヒロインに映画撮るんでしょ?」と。そして、「『お~、お前らも結構やるじゃん』、とリア充連中に認められたりするんでしょ?」なんていう予想をたてていたんですよ。
しかし、本作『桐島、部活やめるってよ』は、そんな安易でチンケな予想をこっぱみじんにするような、激辛の映画でした。

いやー、『SUPER 8/スーパーエイト』って言う映画では、情熱を持って映画を作っていれば、いつのまにか勝手に女の子の方が好意を持ってくれて、その子を主演に映画を撮りながらいい感じの関係性を築けたんだけどなぁ。。。
まあ、世の中そんなにうまくいくわけないんだけど、「映画なんだからそういうファンタジーに酔わせてくれてもいいじゃない!」とも思わなくもないんですけどね。

というわけで、パッと見の印象とは大きく味わいが違う映画だったわけですが、「高校という社会のヒエラルキー」を描いた映画っていう点はその通り。
というよりむしろ、その「ヒエラルキー」や「人間関係」“だけ”を描ききった作品でした。

「高校」っていう社会は、やれ受験だ勉強だ部活だといろいろ言われるんだけど、実のところ「誰とつるむか?」という“人間関係”が全ての社会
それは、ほんの数年後には「なんであんなものに固執していたんだろう?」と思う程度の“社会”にすぎないものなんだけど、それが“全て”で。
本当は誰だって何でも出来るはずなのに、「私はこう生きなければならない」「この“世界”を守らなければならない」という強迫観念の上に成り立つ歪な社会が、「たのしい高校生活」の正体なんだと思うんですよ。
まさにその“正体”を、残酷なまでに“そのまんま”切り取ったものが、『桐島、部活やめるってよ』という作品の舞台なんです。

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そんな本作のあらすじは、ヒエラルキーの頂点に位置していた「桐島」という男子生徒が、突如「部活をやめた」ことで、絶妙なバランスで成立していた“世界”が徐々に崩壊していく様を描いた群像劇。
たった一人の不在により登場人物たちの世界が変化していくことが、「高校」という環境の特殊性を浮き彫りにしていく演出は、実に巧い!

また、本作は「金曜から火曜の5日間を様々な登場人物の視点で繰り返し描く」と言う構成で。
これは、映画で言うと『告白』や『バンテージ・ポイント』、ジョジョの奇妙な冒険で言うと『D4C』の能力を思わせる演出です。
こういう構成の作品って「同じシーンを視点を変えて繰り返すことで、“気づいていなかった新たな真実が見えてくる”」というものがほとんどだと思うんですが、本作はそうではないっていう点が斬新。
「桐島」がいなくなったことで三者三様に“変化”をしていく様を、「ありのまま切り取った」ような見せ方が非常に印象的です。

そして、これほどまでに「高校生活ありのまま」と感じるのは、役者陣の素晴らしさが理由なのも間違いありません。
リア充軍団からオタ集団まで、「うわー、こんな奴いたわ。。。」という、懐かしさ。そしてそれに伴う不愉快さ(「うわー、こんな奴嫌いだったわ。。。」的な感覚)が共存するような感覚で。
神木隆之介と橋本愛以外、ほぼ見たこと無い役者さんだったんですけど、こいつら全員実在の人物なんじゃないかってほどのリアリティでした。

そんな「実在感」を持った連中が作り出すコミュニティーは、これまたものすごい「実在感」を持っていて。
「運動部と文化部」「部活組と帰宅部」、ひいては「勝ち組と負け組」という対立関係の「どうでもよさ」。そして、その「どうでもよさ」がすべてだった世界。

ああ、、、ほんの十数年前は、俺もこの“世界”の住人だったんだよ。。。

「そんなのたいした悩みじゃない」ってことまで知っている今でもなお、当時の「息苦しさ」「生き辛さ」がフラッシュバックするような、こんな気持ちにさせられるとは・・・。

まったく、なんて映画なんだ!!

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いやいや。なんだか映画の感想というより、感情に任せた自分語り風になってきた感もありますが、<もうちっとだけ続くんじゃ。>

そんなわけで、恐ろしくリアリティがあって、生々しい人物描写の“あるある感”がスゴい映画『桐島、部活やめるってよ』。
映画を鑑賞した人の多くが、きっとこの中の誰かに自分を投影しながら本作を鑑賞したことでしょう。

かく言う僕が自分を投影した人物は「宏樹」でした。
まあ、当時の僕は決してあんな風にイケてる人物ではなかったし、あんな風に「クラスのイケてる女子」と付き合うようなタイプでもないし、「桐島」と親友なんていうポジションなんかではなかったんですけどね。

ただ、「毎日打ち込んでいること」とか「将来やりたいこと」とか、そういうものをまったく持っていなかった当時の僕は、こころのどこかで「俺以外の奴はみんなバカだ」なんてことを思いながらも、部活に打ち込んでいる友達がすげー眩しかったんですよ。
当時は「自分が“それ”を眩しく感じている」ということすら理解できなかったんですけどね。

「だから結局、出来る奴は何でもできるし、できない奴は何もできないってだけの話だろ」という作中の宏樹のセリフ。
当時の僕は、自分が「できない奴」のくせして、そのセリフを言っちゃうような“完全に痛いヤツ”だったわけで、ヒロキに共感していることすらおこがましいといえばおこがましいんですが、ラストシーンでヒロキが泣いてしまう気持ちがあまりにもわかってしまって。。。

さらに、追い討ちをかけるのがエンドロールの“宏樹(   )”の表記!
ヒロキの「中途半端さ」「何者でも無さ」をグサリと突くような表記の残酷さが、実にキツい。
いやー、僕も“(  )”の奴だったんだよ!!!

さらに、ヒロキの彼女の「沙奈」ってヤツが、これまた「うわぁ、こんなヤツいるわ・・・」の極みのようなヤツで。
こいつが画面に映るだけですげーイライラしてしまうんですけど、「なんか高校時代にこんな女にトラウマを感じるようなことがあったっけ?」と思い出してみても、心当たりがなくて。
なんでこんなにイライラするんだろうと考え続けてみて、ようやくその理由がわかりました。
何のことはない、沙奈もまた僕なんですよ!
弱いやつには虚勢を張り、強いやつには媚びを売って。キョロキョロしながら自分の居場所を守っているという「醜さ」は、僕の中にも確実に存在するもので。
そんな「見たくない自分」こそが、この沙奈っていうキャラクターだったというわけです。

まったく、嫌なところばかりを突いてきやがる映画ですよ。

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というわけで、自分の高校時代の「何者でも無さ」を突きつけられるトラウマ級の映画だった本作。

ただ、「生々しい日常を切り取っただけの映画」なんて言いつつも、ヒエラルキーの下部に位置するブラスバンド部の演奏に乗せて、さらにカーストが下の映画部が“勝ち組たち”を食い殺していくクライマックスは、この映画で唯一フィクションを含んだシーンながらも、確かなカタルシスを感じる名シーンで。
カメラ越しの“前田くん視点”の心地よさは、非常にグッと来るものがありました。

そして何より、その後の“宏樹視点”のエンディングが最高で。

宏樹から見た“最もダサいもの”である野球部キャプテンの「ドラフトが、終わるまではね」という言葉。
そして、“眼中にない存在”だった映画部の「映画監督にはきっとなれない。でも、自分たちが撮っている映画と、自分たちの好きな映画が一瞬だけつながる瞬間があって。そのために映画を撮っている」という言葉。
宏樹という“何者でもない者”にとって、彼らの持つ「キラキラとした“何か”」はあまりにも眩しくて。
同じく“何者でもない者”だった僕には、いたたまれなくなってしまう宏樹の気持ちが痛いほどよくわかるんですよ!

それまで自分たちが過ごしていた「居心地の良い世界」というのは、「桐島」というたった一人が欠けただけでもろくも崩れてしまうような世界で。
一方、いままで自分が見下していた“負け組”たちだけは、「桐島」の不在に振り回されることなく「キラキラした“何か”」を追い続けていて
“確かなもの”“ブレないもの”を持っていたのが前田くんであり野球部キャプテンだったということに気づかされるあのラストシーンは、本当に「高校社会」の姿を鮮明に表現しているんだと思います。

ただ、31歳になってしまった僕にとっては、前田くんやキャプテンの眩しさも、ヒロキの涙も、どちらも等しく「キラキラとした青春の輝き」で。
その「青春の輝き」の眩しさに当てられてしまったのか、あれほど「嫌」だったはずの高校時代を「すばらしく眩しい時代だった」と思わせる終わり方は、本当に素晴らしい。

うーん。うまく言葉に出来ていないし、まったくまとまりがない文章になっていますが、いやー、青春って素晴らしいんですよ!!

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そんなわけで、宏樹的な生き方をしてしまったことをちょっと後悔しつつ、前田くんやキャプテンの眩しさに羨望と息苦しさを感じた本作。
まあ、前田くんは「気になる女の子の存在」や「クラスにおける自分の位置」や「映画に対する強い自意識」がある分、キャプテンと比べるとやや社会性に依存している部分はあるものの、きっと僕には“キャプテンのような生き方”は一生できないので、せめて前田くんのように生きて生きたいものです。

唯一、本作に不満を言うとすれば、「橋本愛」だけがやや記号的なキャラクターだったというところ。
橋本愛が実はチャラ男と付き合っていたという展開は実にショッキングで、前田くん主導のクライマックスへの重要な布石。
だから、映画上絶対に必要な展開ではあるってことは理解できるものの、さすがにちょっと唐突すぎる気が。
せめて、金曜日にリア充軍団がやっていた「チャラ男のパーマが似合ってる or 似合ってない」のくだりで、「結構評判いいよ!」「誰によwww」「え、妹とか」「wwww」なんてやってる時に、チャラ男と橋本愛が目配せをするとか、逆に橋本愛がちょっとだけイラっとしているなんていう伏線が欲しかった。
そうじゃないと、橋本愛はただ単に“前田くんを走らせるためだけに存在しているキャラクター”にしかならず、あれほどリアルな実在感のキャラクターたちの中で、ちょっと浮いてしまっているように感じました。

前田くん視点から見た「思わせぶり」の演出もちょっとやり過ぎで。
まあ、あんな子が『鉄男』は観ないでしょうよ!

そこだけが、本作の唯一といっていい不満点でした。

まあ、伏線がなかったからこそのショックというのも確かにその通りで。あの瞬間だけは前田くんと気持ちがシンクロしたのも事実。
そして、「なんで君が、あんな程度のヤツと付き合っちゃうんだよ!」「君だけは違うと思っていたのに!」という身勝手な気持ちっていうのは、中学・高校時代に一度ならず感じたことのある感情で。
ただ、その感情って、女の子からすると「いやいや、あんたなんかと付き合うより1億倍ましだし!」「君だけは違うと思ってたとか、マジキモい!」と思うのが普通だよなってことがわかるだけに、どこにも持っていきようのない感情なんですよ。

ここでもまた、いたたまれなさにのた打ち回るような苦しい体験を味わってしまうのでした。
まったく、何なんだこの映画!

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というわけで、思いのままにひどく主観的な感想をつらつらと書いてしまいましたが、それほどに感情を動かされる映画でした。

よく考えてみれば高校時代というのは今よりずっと狭い環境にいて、起こる出来事のバリエーションも乏しかったはずなのに、やたらといろいろな感情に振り回される時代で。
10年以上生きてきて大人になってきたつもりだったけど、心の中にはまだ高校生の自分が存在していて、そこを刺激されると当時と同じように感情が激しく揺り動かされるんだということに気づかされる映画でもありました。

ここまで感情が動かされてしまうと、これはもう“鑑賞”というよりもはるかに“体験”に近い感覚で。
これほどの“体験”を伴う映画である本作は、間違いなく日本映画史に残る作品になると思います!
いやいや、ホントにいい映画だった!

僕はきっと何度生まれ変わっても「桐島」にはなれないんだろうと思うし、逆にキャプテンのようにも生きれないだろう。
だから、せめて「前田くん」のように生きたいと思うのでした。
俺の“ドラフト”だって、まだ終わってないんだから!

さて、ほんとにまとまりないクソ長い感想文になってしまった今日のブログ。
最後まで読んでくださっている方がいたとしたら、こんな駄文にお付き合いいただきホントにすんませんでした!!

ああ、でも、バレー部のあいつの「必至でやってこんなもんなんだよ俺は!」とか、「帰宅部の女はかわいい」説とか、バドミントン部の橋本愛じゃない方についてとか、ただ部活をやめただけでこんなことになってしまう桐島とはいったい何なのか、などなど。
まだまだ言いたいことが止まらない!
あああ、なんなんだよ、この映画ッ!!!

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Commentsこの記事についたコメント

3件のコメント
  • とおりすがり より:

    コメント失礼します。

    パーマ似合ってる似合ってないのところもきちんと伏線張られてますよ。

    竜汰が水を飛ばすときに梨沙と沙奈には飛ばしてるけど実はかすみにはしてなかったり、先生から席に戻れと言われた後でかすみがボソッと「似合ってると思う」とギリギリ伝わるくらいの声で言っていたり。
    かすみの計算のない純粋な笑みが出てるシーンだとも思うので、二人の関係がわかったあと見直すといちゃついてるシーンにしか見えなくなってきます。

    • ultimate-ez より:

      何ーッ!マジっすか?
      完全に見落としてました!納得いかなくて二回も見直したのに小声のセリフに気づいてませんでした!
      やっぱりいちゃついてやがったのか!!

      ご指摘ありがとうございました。次また見直す時には、耳の穴かっぽじって確認したいと思います!

    • ultimate-ez より:

      何ーッ!マジっすか?
      完全に見落としてました!納得いかなくて二回も見直したのに小声のセリフに気づいてませんでした!
      やっぱりいちゃついてやがったのか!!

      ご指摘ありがとうございました。次また見直す時には、耳の穴かっぽじって確認したいと思います!

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