ミステリーの嫌なところも含めた純度100%のミステリー小説! 『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー)ネタバレ感想

そして誰もいなくなった (クリスティー文庫)『東西ミステリーベスト100』の海外編第1位に選ばれていた本作『そして誰もいなくなった』。
言うなれば「世界最強ミステリー」の太鼓判を押されている作品ってことなんですが、「うーん、そこまでではないかも。。。」というのが正直な気持ち。
オリジナルは1939年に発表された古い作品なので、「まあ、言ってもそこまでの衝撃はないだろうなぁ」と予想してはいたものの、その予想をさらに上回るようほどにあっさりしている印象です。

「全てのミステリーはここから始まった」と言っても過言ではない作品で、「歴史的価値」という意味では読んでよかった作品なのは間違いないものの、『東西ミステリーベスト100』の国内編第1位の『獄門島』が持つ今なお色褪せない魅力と比較しちゃうと、ちょっと見劣りしちゃうかな~というのが素直な感想でした。
まあ、その『獄門島』だって、『そして誰もいなくなった』が存在しなければ生まれていない作品なのかもしれないんですけどね。

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作品概要

1939 イギリス
原題:Ten Little Niggers / And Then There Were None
著者:アガサ・クリスティー
発行元:早川書房

<あらすじ>
その孤島に招き寄せられたのは、たがいに面識もない、職業や年齢もさまざまな十人の男女だった。だが、招待主の姿は島にはなく、やがて夕食の席上、彼らの過去の犯罪を暴き立てる謎の声が……そして無気味な童謡の歌詞通りに、彼らが一人ずつ殺されてゆく!

感想

60 100点満点 scored by ultimate-ezそして誰もいなくなった

とういわけで、「世界最高峰のミステリーを読むんだ!」と構えてしまっていたせいもあり、若干のガッカリ感があった本作『そして誰もいなくなった』。
一番意外に感じたのは、文体が非常に「軽い」ところでした。
今回僕が読んだのが原書ではなく「翻訳」で、しかも2010年に刊行された「新訳版」だったせいもあるんでしょうが、ミステリーとしては「古典」の部類に入る作品を読んでるような“文体の読みにくさ”はまったく感じられません。

「読みやすさ」を考えると、これはこれで決して悪くはないんですが、この年代の本を読む時って「その時代特有の古めかしい文体を楽しみたい」っていう気持ちも少なからずあるわけで。
ましてミステリー小説となると、時代を反映した文章が持つ「おどろおどろしさ」がその魅力の一翼を担ってると思うんですよ。
冒頭で比較対象にあげた横溝正史の『獄門島』って、まさに、あの古めかしい文体がかもし出す「湿っぽさ」や「土着」の感じこそが、なんとも言えない魅力を生み出している作品なんだと思うんです。

一方の本作は、人物描写もあっさりしているし、舞台となる島や館もどこか記号的。
驚くほど淡々と人が死んでいくため、「死の重さ」がまったく感じられないんですよ!

旧訳版を読んでないのでなんともいえない部分はあるものの、文体をちょっと変えるだけで、この館の湿度が上がって、生々しくてどろどろした殺人事件を感じさせることもできたはずで。
旧訳版の方だと、おそらく、そういう意味での「リアリティ」はあったんじゃないかと思うわけです。

そして誰もいなくなった

ちょっと話は変わりますが、ミステリーが「“人の死”を扱ったパズルゲーム」という不謹慎な側面を持ったエンターテイメントであるのは間違いなくて。
ただ、読者も「“不謹慎なパズル”を解くこと」を一番の楽しみにしながらも、「これはだだのパズルではなく、人間ドラマだ」と思うことで、自分の中での「不謹慎さ」をごまかしていたりする部分もあるわけですよ。

そんな「人間ドラマ」までもを「記号的&あっさり」に見せてしまうのが、新訳版の『そして誰もいなくなった』。
「ミステリーはやっぱり、ドラマではなくパズル」、というミステリーの嫌な側面を突きつけられたかのような、微妙な気持ちになってしまいました。

おそらく、これ以降の作品に大きな影響を与えた本作は「ミステリー小説の典型」「ミステリーの原典」。良い面も悪い面も含めて、純度100%の「プリミティブなミステリー小説」なんだと思うんですよ。
この「プリミティブさ」に、「時代を感じさせる古めかしい文体」が合わさった時、きっとそこには「味」が生まれていたんでしょう。
しかし、今回僕が読んだ「新訳版」は、文体があまりに軽いせいなのか、「味」までもが失われていて。
結果、悪い意味での「ミステリーらしさ」が、より鮮明に見えてしまった、という感じでしょうか。

というわけで、本作『そして誰もいなくなった』はミステリーとしての純度が高すぎるが故に、「人間ドラマをまったく配した、ただのパズル」という側面がより強調されていて。
そしてその結果、冒頭にも書いたように「歴史的価値がある」「ミステリー好きを名乗るなら読んでおくべき」という以上の価値は見出せなかったのでした。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
そんなわけで、長々と回りくどく、文句ばかり書いてしまっている今日の感想記事。
ただ、なんだかんだ言いつつも、間違いなく本作に魅力を感じているところもあるんです。
それはもう、なんと言っても『そして誰もいなくなった』っていうタイトルがあまりに素晴らしいってところですよ!
なんなんでしょう、このタイトル!

物語を端的に表現しているだけだといえばその通りだし、原題の「And Then There Were None」を訳しただけといえばその通り。
なのに、なんでこんなに魅力的な響きを持っているんでしょうか!

ちなみに、超どうでもいい余談ですが、僕がこのタイトルを初めて耳にしたのは15年ほど前。
当時好きだった女の子がGLAYのファンで。その子と何とか共通の話題を作ろうとGLAYの曲を聞き込んでいた時に出会った『軌跡の果て』という曲の歌詞に出てきた言葉が「そして誰もいなくなった」だった。

当然、それがミステリー小説のタイトルだなんてこともしらないし、当時の認識としては「ただの歌詞」だったんだけど、なぜかこの言葉は深く印象に残る言葉で。
その後ミステリー小説にはまり、いろいろと読み漁っていく中で本書の存在を知ったわけですが、そこからさらに時を経てついに読了に至ったわけで。
前述の通り作品自体には不満もあるものの、15年以上かけて一つの円環が閉じたような気分で、とても感慨深いものがありますよ!

というわけで、もはや『そして誰もいなくなった』という作品の感想としてはまったく意味をなしていませんが、こういう超個人的な事情があったからこそ、なかなか思い出深い一冊になったのでした。

おまけ

どうやら、新訳版が出た理由の一つに、旧訳版での「致命的な誤訳」ってのがあるようです。

誤訳についての詳細はこのサイトが超わかりやすい!
そして誰もいなくなった/おもろ大放談
※犯人の名前など、思いっきりネタバレがあります

(このサイトを読んで気が付きましたが、本書の「一番怪しい奴が犯人」っていう点、確かに“一周”して斬新!!)

正直、ここまで分析的に読んでいるわけではないので、旧訳版でもスルーしちゃってたとは思うものの、確かにこれはフェアじゃない!
そして、原書でのミスリードのさせ方の設計を見ると、新訳ですら怪しい部分はあるわけで。
こうして一部でも原書を読んでみると、本書に感じた不満点のすべてが「翻訳」への不満にも思えてきてしまう。

「やっぱり、海外文学は原書で読めるようになりたいな~」、などと無謀な思いを抱かずにはいられません。
うーん。勉強しなきゃね、英語。

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