4年ぶりの始動!「神」再臨!! 小説『ジグβは神ですか』ネタバレ感想

ジグβは神ですか (講談社ノベルス)実に4年ぶりのGシリーズ新作!!ということで早速読んでみた。

本来ならば物語の中心に位置するはずの「殺人事件」が、読了後にはほとんど記憶に残らず、殺人事件の外側にあるものばかりが印象に残る構成は相変わらず。
かといって、殺人事件が「マクガフィン」的に存在しているのかといえばそうでもないのも相変わらず。
「ミステリー」の外見をした哲学書のような物語に、「そうそう、『Gシリーズ』ってこんなだったな~」と懐かしい思いに浸れる作品だった。

とは言え、さすがに4年以上前に読んだ過去作品の細部は忘れちゃってる部分も多く、明らかに「シリーズ上の重要なシーン」のはずなのに、それがどう重要なのかがいまいち把握できないことも多くて。
結果的には、「せっかくKindleを買って、もうすぐ手元に届くわけだから、どうせなら森博嗣作品を『』から順番に読み直そうかな!」と決意させられてしまう作品だった。

作品概要

2012 講談社 ノベルス:352ページ
著者:森博嗣

<あらすじ>
芸術家たちが自給自足の生活を営む宗教施設・美之里。夏休みを利用しそこを訪れた加部谷恵美たちは、調査のため足を運んでいた旧知の探偵と再会を果たす。そんななか、芸術家の一人が全裸で棺に入れられ、ラッピングを施された状態で殺されているのが発見される。見え隠れするギリシャ文字「β」と、あの天才博士の影。萌絵が、紅子が、椙田が、時間を超えて交叉する―。ついに姿を現した天才博士。Gシリーズ最大の衝撃

感想

68 100点満点 scored by ultimate-ezジグβは神ですか

というわけで、今回もまた『G』シリーズ“らしい”作品だったわけだけど、それだけじゃなく「4年ぶりの再会」にも焦点が当てられた作品のように感じた。

前作『α』からの時間は、登場人物たちにも同じように流れていて、当時大学生だった主人公格の4人が、進学していたり、就職していたり。
それぞれの「今」を眺めているだけでも、森博嗣作品の世界観に包まれて、「ああ、ここに帰ってきた」という安堵感が非常に心地よい。
椙田こと保呂草潤平と赤柳の対話や、瀬在丸紅子と佐々木睦子の初対面(ついに保護者同士の顔合わせ!?)など、過去シリーズからの面子の相変わらずの様子が語られているのも嬉しい。

ちなみに、前作(『α』だったかは覚えてないが)で佐々木睦子が言い出した「赤柳=女」説についても、あっさりと解答が与えられた。
やはり「赤柳」は女性で、「赤柳」の名を手放した彼女は、本作では何事もなかったかのように水野涼子という名前で登場する。
「保呂草さんとそう変わらないくらいの年齢で昔からの知り合い」「女性」「紅子さんとも面識がある」なんていうキャラクターだと、もう、どう考えても「香具山紫子」くらいしか当てはまる人物がいないんだけど、そこは本作でもまだ「謎」のままでした。

そして、やはり本作の一番の肝は、ついに「真賀田四季」が登場するというところ。
四季の存在はシリーズの根底に常に流れていて、その「名前」はちょこちょこ登場してはいたけれど、ここにきてついに本人が登場。いや、“降臨”した。
もはや「天才」という枠組みを大きく逸脱し、ほとんど『神』に近い存在になってしまった四季なので、物語に「人の姿」で再登場することはないだろうと思っていたが、ここに来てGシリーズの新作を読めるだけではなく、四季にまで会えるとは!!

ただ、この展開に関して一言物申したいのは、ここまでアガル展開を、「ついに姿を現した天才博士。Gシリーズ最大の衝撃」なんていう帯のコピーで思いっきりばらしやがって!!ということだったりもするんですが。。

そんな感じの4年ぶりの新作ですが、結局は「あの人は今何をしているのか?」を追いかけるだけで終わってしまった感がある。
前述したように、「殺人事件が起きてその謎を解く」というミステリー体は保っているものの、「動機に意味はない」という『G』シリーズの基本ルールがあるため、今回の物語も大きな意味では何も起こらない

一体、この『β』という物語は何のために書かれたんだろうか。

正直、僕は「Gシリーズ」は『α』で完結で良いと思っていた。
このシリーズで四季が何を目指しているのか?という問いの答えは『α』で十分に語られたし、何十年・何百年という単位で達成されると言われたその目的が達成された世界の姿も、『四季・冬』で既に語られている。
だから『α』の後で刊行がぴたりと止まったことを、「この物語を書ききったから」だと当然のように受け入れていた。

しかし、ここにきてシリーズは再び動き出した。

4年ぶりの新作は、やはり何も動きはなく、当たり前のように過ぎたそれぞれの4年間と、当たり前のようにすぎている今を切り取っただけ。
それが、読者である僕たちに何をもたらしたのかと言うと、「ああ、そうだった」という確認に近いような感覚なわけで。
これって何が起きたのかというと、過去のシリーズを読む中で読者(つまりは僕)の中にこっそり埋め込まれていて、4年の月日をかけて表層意識からは忘れられていた「四季」が呼び覚ままされたということ。
すなわち、『ジグβは神ですか』という物語は、読者の中の「四季」を目覚めさせる物語だったというわけで。
これって、四季がシリーズの過去7作をかけて、「表面上は何も見えないまま、じわじわと世の中にはびこらせていた”何か”」を、ついに呼び覚ますというフリなのか!

というのは、考えすぎなのでしょうか。

というわけで、久しぶりに読む森博嗣の『G』シリーズ。
正直なところ、ただでさえ難解で、詩的・哲学的な印象を受けるシリーズなのに、4年の空白を明けたせいもあり、一回読んだだけではよくわからない話だったというのが本音だ。
そこで、「もう一度頭から読んでみよう」ではなく、「もう一度全シリーズの頭から読み直そう」とまで思わせるのは、やはり他の追随を許さない圧倒的に魅力的な文章のなせる技。
そして、知恵熱出しながらも天才の思考をトレース出来たような感覚を味わえる独特の読後感も健在で、やっぱりこの人の作品が大好きだ!!と再確認できた。

(まあ、Kidle発売直前のこのタイミングで、『α』までの過去作をすべてKindle版で発売しておいて新作を出すと言う流れに、「うまいことやるな~」とも思うし、これでまた次回作まで何年も空くと、ホントに「Kindleで一儲け」の戦略だったんじゃないかと勘ぐってもしまいますが、そこは僕も森信者であり四季信者。黙って、信じてついていきますとも!!)

次回作(γ?)の早い発売と、次こそは今回登場しなかった犀川さんというもう一人の「神」の登場を願いつつ、冒頭にも書いたように、来週には手元に届く予定のKindleで、再び『F』から始まる再読の旅を始めようと思うのでした。

そして、「よくわからなかった」作品の感想文は、やはり想像以上にぐちゃぐちゃの文章で、ここまで読んでくださった方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなのでした。
ごめんなさい!

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