絶望は決して消えないけど、「生きろ!」と言う人がいたから。 映画『ヒミズ』ネタバレ感想

ヒミズ01僕は、古谷実の『ヒミズ』っていう漫画が本当に大好きで、映画化されると聞いたときは、正直「嬉しい」よりも「やめてくれ」という気持ちになってしまった。
それでも、監督が園子温と聞き、「それなら大丈夫かな〜」という安心感は出てきたものの、やっぱりどこか不安があって。
実際、映画を観ている最中も、原作と比べて不満なシーンがちょこちょことあって、「やっぱり漫画原作の映画で100%満足するっていうことは難しいってことなのかな〜。例え、園子温の作品でも・・・。」なんて思い始めていた。

・・・思い始めていたんですが。。。

映画と原作の最も大きな違いである“あのラストシーン”がとんでもなく素晴らしくて。
まさに、うぉぉぉぉ、がんばれぇぇぇぇぇ!!という感じで、はしばらく泣き止まないほどの大号泣をしてしまいました!

作品概要

2011/日本 上映時間:129分 PG12
配給:GAGA
監督:園子温
出演:染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵

<あらすじ>
ごく普通に生きることを願っていた祐一と、愛する人と守り守られ生きていくことを夢見る景子。ともに15歳の2人の日常が、ある事件をきっかけに絶望と狂気に満ちたものへと変わっていく様子を描く。

感想

86 100点満点 scored by ultimate-ezヒミズ

そんなわけで、結果的には「大号泣」&「大絶賛」の作品となった『ヒミズ』。
ただ、先述のとおり、ラストシーン寸前までは「うーん。。。」と思うところも少なくない。

原作との決定的な違いの一つに、映画版が「3・11の震災後」を舞台としている点がある。
正直、作品に「震災」を取り込むことは諸刃の剣になりかねない。
震災を扱ったせいで話の本質がズレてしまったり、そもそもただの偽善でしかなかったり。
注目を引くネタであるのは間違いないが、どう考えても扱いが難しいネタ。それが「震災」なのは間違いない。

でも、“いま”が舞台の青春映画を撮るにあたって、「震災」を避けられないというのもまた事実だろう。

僕はあの日、直接の震源地にいたわけじゃなかったんだけれど、いい大人の僕にとってさえ、「震災」は人生を一変させるような出来事だった。
今なお、頭の片隅に「震災」はこびりついていて、何かを決断する時に、少なからず影響を受けている気がする。
15歳なら、なお大きな出来事だったことだろう。

だから、15歳を主役に据えた映画を撮るってことは、「震災」は絶対に外すことのできないファクター。
そこから目を逸らさずに、真摯に映画を作っていることに、まず大きな感動を覚えた。
(原作の「母親なんか、『大地震が来たらどさくさまぎれに殺してやる』って言ってるぜ」というセリフが「もう一回大震災が来たら…」に変えられているのには、不謹慎にもちょっと笑ってしまったけども)

ただ、そこからしばらくは、原作ファンとしては「ちょっと違うんだよな。。。」と思うシーンが続く。

まず、震災で住む家を失くした大人たちが、住田のボート小屋の周りにホームレス化して住んでいという状況。しかも、その大人たちが結構「いい人」っていうのがいただけない。
『ヒミズ』っていうのは「立派な大人の不在」っていうのが大事な要素だと思うんだけど、ホームレス化して頼りにならないとはいえ、優しい大人たちに囲まれていては住田の絶望は育たない気がする。
しかも、そのおっさんの一人が、原作では住田の同級生だった夜野正造っていのは。。。
(しかもただのおっさんじゃなく渡辺哲ですしね(笑))

さらに、学校で「君は世界に一つだけの花。夢を持つって素晴らしいんだぞ!」みたいな言葉を言う教師に、住田が「ボート屋なめんな。普通最高!!」と叫び返すシーンがあるんだけど、あれもまた住田っぽくない。
原作の住田なら「叫ぶ」ということはしないし、少なくとも「ボート屋舐めんな」とは思わないだろう。
(事実、原作でのセリフは「要するにだ・・・普通ナメんな!普通最高!!・・・っていうお話だ」と、テンションは低い)

まあ、この辺で気付くべきということなんでしょう。
キャラの設定やセリフなんかは確かに一緒だけど、この『ヒミズ』と、あの『ヒミズ』は全くの別物だと。

つまり、「愛犬家連続殺人事件」をベースに『冷たい熱帯魚』、「東電OL殺人事件」をベースに『恋の罪』が生まれたように、あくまで、古谷実の「ヒミズ」をベースに作った園子温映画が『ヒミズ』ということなのだ。

そう思うと、いろいろな箇所の改変も、まあ許容範囲かと思えてくる。

ヒミズ04

しかし、それを踏まえた上でも納得いかなかったのが、本作の最初のクライマックスでもある「父殺し」のシーン。
住田が父親を殺すシーンが、映画版ではあまりにわかりやすすぎるのだ。
父親はあからさまに嫌なやつで、父親に腹を立てて激情で殺してしまっている。殺した後、住田は叫ぶ。

あのシーンはそれじゃダメなんだよ。

「高い崖から飛び降りたら世界が一変しているのは不思議じゃないけど、階段を一段降りただけのつもりだったのに世界が一変してしまっているからこそ恐ろしい」とでも表現したらいいだろうか。
少なくとも原作版での『ヒミズ』は、「殺す価値も意味もない男を、“つい”殺してしまった」というところに意味があると思うんですよ!

映画版の住田の行動には確かに共感はできるんだけど、このシーンの醍醐味はそうじゃない。
「え?ちょっ、、おまっ、、なんでっ・・・」と思ってしまうところにこそ意味あるシーンなのだ。

これはつまり、「『よくわからない』からこそ、自分がそうならないとは言い切れない」という怖さで。
それこそが、原作版『ヒミズ』の怖さであり、面白さなのだ。

ちょっと、回想入ります。。。
『ヒミズ』がヤングマガジンで連載されたのは2001年。僕は大学1年生だった。
僕は一浪して大学に入ったので、その年の春までは予備校生。
予備校っていうのはホントに奇妙な環境で、一年の間毎日一日中受験勉強”だけ”で過ごす。
頭を壊してしまう人も少なからずいて、僕が通っていた予備校も「2階以上の窓は開閉不可」だった。(理由はご察しください。)
4月にはオシャレで可愛かった女の子が2月にはひげが生えていたりするような環境で、「悪意」ばかりを募らせている人もたくさんいて、「いつの間にかいなくなった人」も何人もいた。

そんな予備校時代の記憶が生々しく残っているせいもあり、自分が「住田」にも、「住田が探す悪人」にも成り得ることを自覚しながら読んだ漫画が『ヒミズ』だった。

『稲中』『僕といっしょ』『グリーン・ヒル』と読んできた古谷実作品、その延長線上と勝手に思い読んでいた『ヒミズ』。
赤田(『海夫の恋』の作者でお馴染みの変な顔のヤツ)が出ていたころは、それ以前の古谷作品のテイストを残していたんだけど、彼の出番が減るのと入れ替わるように、作品の湿り気が増していったのを覚えている。
そして、あの「父殺し」
さらに古谷実作品の決定的な変化を印象づけたのが「野上」という男の登場だった。
(コンビニでバイトしてる高校生で、隣に住んでる幼なじみの女の子を脳内彼女にしていて、女装+仮面で暴れた彼)
古谷実作品初の「面白くない変なやつ」が登場したことで、「え?ちょっ、、おまっ、、なんでっ・・・」と、いよいよ後戻りできないトコまで来てしまっていたことに気付き、はっきりと戦慄を覚えてしまった。

少なくとも僕の世代にとっては、『ヒミズ』っていうのはそういう漫画だったんですよ!

それに対して映画版は、全員の行動にどこか納得がいってしまう。
それはとてもわかりやすいんだけど、安心できるお話を『ヒミズ』とは呼べないのだ!

ヒミズ03

そんな不満を覚えつつ、原作におけるラストシーン、つまり「住田の自殺」のシーンまで物語は進む。
ここで映画は終わったと思ったし、「ちょっといまいちだったな〜」なんて落ち着きかけてしまっていたんだけど、、、

そこからの展開が本当に素晴らしかった。

おもいっきりネタバレをしてしまうと、映画版では住田は死なない。
映画版の住田は、自首して、図々しく、「生きる」方を選ぶ。
「がんばって生きる」ことを選ぶのだ。

ここに至る演出で良かったのが、冒頭の学校のシーンで教師が言った「君は世界に一つだけの花。夢を持つって素晴らしいんだぞ!」という表現に再び帰ってくるところ。

「世界に一つだけの花」的な言葉って、確かにいい言葉なんだろうけど、どこか甘っちょろくて、それこそ「古谷実的なもの」の正反対にあるものだと思う。
(イトキンの苦悩なんか、まさに「世界に一つだけの花」にしかなれないという苦悩だし。。。)
実際、教師の口から語られる「世界に一つだけの花」は、どこか浅く、甘っちょろく表現されていた。

でも、「世界に一つだけの花」的な言葉って間違いなく優しい言葉で、間違いなく誰かにとっての「救い」になり得る言葉なわけで。
結局「世界に一つだけの花」的なものへの抵抗感こそ、自分の中の「青さ」つまりは「甘っちょろさ」が生み出してるものなわけで。
本当は「世界に一つだけの花」っていう言葉はまぎれもない「希望」なわけで。

映画版の茶沢さんは原作以上にウザい女で、ラストシーンに至るまでの2時間、ずーーーっと「茶沢、UZEEEEEEEEE!!!」と思っていたんだけど、あそこまでうざかったからこそ、茶沢さんの「希望」が住田の「絶望」を上回ってくれたわけで。

「絶望」は決して消えないけど、それよりも大きい「希望」が照らしてくれれば、少なくとも死ぬことはない。茶沢、住田を死なせないでくれてありがとう!!
という、完全に「お前誰やねん!」という立場から大号泣させていただきました。

さらに、その「茶沢」から「住田」への応援の声のバックに、震災の瓦礫の映像が重なるわけですよ。

あそこまでの瓦礫がまだ残っているってことは、比較的「震災直後」に近い時期に撮られた映像なんだろう。
それはつまり、「あそこまでの瓦礫がまだ残っているってことは、あの瓦礫の下にはまだ、、、」と考えざるを得ない映像ということ。
そこに住田と茶沢の「がんばれぇぇぇぇぇ」の声が重なるわけですよ。

これはもう、間違いなく監督から被災地へのエールなわけで、震災と向き合うと決めた園子温監督の「優しさ」が沁みてくる演出だった。

もし震災がなかったら、映画版も原作と同じようなラストを迎えていたのかも知れない。
だけど、“いま”だからこそ「希望」の映画になったのだろう。
それが監督の想いなんだろう。
うーん、素晴らしい!!!

そんなわけで、2001年の古谷実作品『ヒミズ』と同じように、2012年の園子温作品『ヒミズ』もまた、僕にとって思い出深い重要な作品になった。
原作をここまで噛み砕いて、今必要な価値をブレンドして再構築した作品はおそらく過去には無く、「原作を忠実に再現する」のとは全く別のベクトルとして、「漫画の映画化」のあるべき形だと思える素晴らしい映画だったのでした。

そして、ここまで読んでくださった方がいたとしたら、長すぎてごめんなさい。そして、ありがとうございました。

ヒミズ02

余談

原作と違い大人が出てくる『ヒミズ』だったが、園子温映画の同窓会ともいうべき豪華な顔ぶれだった。
渡辺哲に諏訪太朗、吹越満に神楽坂恵、黒沢あすか、でんでん、吉高由里子に西島隆弘と勢ぞろい。
相変わらず、黒沢あすかのわけわからんシーン(首吊り台の件)が面白かったり、でんでんが超怖かったりするのも懐かしい。
「おいしい唐揚いかがですか!」を彷彿とさせるシーンもあったりで、園子温映画を追いかけてる人はニヤニヤできるシーンだらけでした。

そして、窪塚洋介がキレキレなのも見所の一つ。『池袋ウエストゲートパーク』のキング級にハマっていて、「脱・原・発!」と叫びながらのドロップキックは本当に最高でした!!!!やっぱりこの男かっこえぇぇぇ!!!

余談 その②

住田が包丁で刺しちゃうヤンキー三人組。
原作だと、物語の後半に復讐されるくだりがあるんだけど、映画ではそれがなかった。

でも僕はずっと気になっていて、住田と茶沢さんが走りだす最後の最後に、「うわっ、もしかしてココであいつら来るんかいな!んで、住田を殺しちゃうんやないかいな!」なんてことを考えてしまった。
その直後、園子温監督の「優しさ」を目の当たりにした僕は、、、
「ああ、俺って心根がクズなんだな」と再確認するはめになったのでした。。。

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