愛なら、毎晩ティッシュにくるんで捨てている。 映画『SHAME シェイム』ネタバレ感想

Shame poster「セックス依存症の男の苦悩」なんていうあらすじを見て、アン・ハサウェイの“ナイスおつぱい”でおなじみの『ラブ&ドラッグ』みたいな映画を想像していたんだけど、そんな浮かれ気分に冷や水をぶっかけられるような容赦のない映画だった。
結論から言ってしまえば僕はこの映画のことがよくわからなかったし、あえてよくわからないものを描いた映画なんだろうけど、その「よくわからない何か」が強く胸を打つ非常に美しい映画だった。

作品概要

2011/イギリス 上映時間:101分 R18+
原題:Shame
配給:ギャガ
監督:スティーブ・マックイーン
出演:マイケル・ファスベンダー、キャリー・マリガン

<あらすじ>
ニューヨークでエリートサラリーマンとして働くブランドンは、セックス依存症から抜け出せずにいた。そんなブランドンのもとに、恋愛依存症でリストカット癖のある妹シシーが転がり込んでくる。互いに相容れない2人はともに生活することでますます孤独を深めていき、事態は悪い方向へと転がっていく。

感想

74 100点満点 scored by ultimate-ezSHAME シェイム

ただ、前述した本作の“美しさ”を生み出している「言葉による具体的な説明をできるだけしない」「長回しを印象的に使う」なんていう表現手法は、邦画も含めた「ハリウッド大作映画じゃない映画」の表現としてさほど珍しいものではない。
表現だけじゃなくテーマも、「性に依存」とか「リストカット」なんていう部分だけを見れば、これまた珍しいテーマではない。
つまり、ただ表層的にこの映画を眺めるだけだと、実はわりと記号的というか、ありがちな映画にも見えなくない。

それでも、本作が圧倒的にオリジナリティを持っているのは、やっぱり主役ふたりの存在感以外の何ものでもないだろう。
『プロメテウス』のディヴィッド役で、「何を考えているのかがまったくわからないサイボーグ」の名演技が記憶に新しいマイケル・ファスベンダーは、本作ではまったく真逆のキャラクターを演じている。
何をするでも、何を語るでもないシーンで、表情の微細な変化で息苦しいほどの苦悩、言うなれば「生きづらさ」を感じさせている。

対するキャリー・マリガンも、マイケル・ファスベンダーに劣らずに表情の細やかな動きで語る語る!
ある種の「諦め」をはらみながら、生と死の間でゆれながら、「生きている」というよりも「死を待っている」ような生き方をしている女性。
そんな「危うさ」を、これほどまでに感じさせることができるってすごい!
『わたしを離さないで』の演技もすごかったけど、さらに磨きがかかっているじゃないか!と、何目線かわからない目線で関心してしまった。

さらに、本作でのキャリー・マリガンの最大の魅力はなんと言ってもあの「歌」ですよ。
歌が超うまいわけじゃないんだけど、「ニューヨーク、ニューヨーク」という選曲もあって、絶妙の“含み”がたまらない!

ニューヨークでの暮らしを情感たっぷりに歌うシシー(キャリー・マリガン)。そして、それを聞きながら涙をこらえることの出来ないブランドン(マイケル・ファスベンダー)。
このシーンからおぼろげながらに見えてくるのは、故郷であるアイルランドを離れてニューヨークで暮らしていることそれ自体が、ふたりにとって非常に重い意味を持っている(おそらく、ふたりは相当つらい過去がある)ということ。
だからこそ、お互いがお互いにとってかけがえのない非常に重要な存在であることが、ものすごく“感覚的”に見えてくるのが、この「ニューヨーク、ニューヨーク」のシーンなのです。ステキ!

そして、僕がこの映画を「残酷」で「容赦ない」と思うのは、本来すごく幸せでステキなはずの「かけがえのない関係性」こそが、この兄妹を苦しめているっていう点にあるんですよ!!

Shame 01

<ここからの解釈は、映画で明言されていない内容を僕が勝手に汲み取った上での意見になります。「いやいや、お前の解釈間違ってるぞ!」等のご指摘がありましたら、お願いします。。>

要するにこの二人。お互いがお互いを特別に思うあまり、お互いに「欲情」してしまっているんだと思うんですよ。
「恋愛感情」というのではなく、もっと生々しく、「セックスをしたくなってしまった」と。

そして、そのことが、双方のコミュニケーション能力に致命的な欠陥を与えてしまっているんだと思うんです。

一見してそれがわかりやすいのはシシーの方でしょう。
兄の上司にも簡単に股を開き、一度でも関係を持った相手にはストーカーまがいに依存する。
当然、邪険に扱われることになり、最終的にはリストカットを繰り返しているという生き方。
「人とつながること」に過度に依存するあまり、自分を傷つけてしまっているという状況だ。

一方の兄ブランドンは、もう少し複雑。
彼の欠陥は、恋愛とセックスを共存させることができないというもの。
まともな恋愛プロセスを経た上でのセックスでは機能せず、行きずりの行為や売春でしかセックスができない。
それでも性欲は収まることがなく、自宅でも会社でも自慰行為を繰り返す。
しまいには「男でもいい」と、いわゆるハッテン場でガチムチの男にフェラさせたり。。。
これもまた、まぎれもない自傷行為で、男性特有のいわゆる「賢者タイム」があるだけに、シシー以上に自責の念が募ってしまっているんじゃないだろうか。

お互いが、「本当につながりたい人とつながれない」という状況で、そのことが二人を心底苦しめていて。
相手を責め、自分を責め、傷つけあいながら、それでも向き合うしかないという二人の関係性が心底悲しい。

「そんな二人を前に、僕は一体何を思えばいいんだろう。。。」「決して逆らえない自分の本心を「SHAME(恥)」と感じてしまう。それは一体どんな感覚なんだろう。。。」
そんな感情に、打ちひしがれてしまった。

最後の最後、冒頭でのシーンの繰り返しになる地下鉄のシーンで、わずかにブランドンの心が成長したようにも見えるところに微かな幸福を感じなくはないけれど、彼が隠している「シェイム」が許されたわけでも、晴らされたわけでもないからなぁ。。

Shame 02

というわけで、自分なりになんとなく解釈をしながら、それでもやっぱり「よくわからなかった」映画『SHAME シェイム』。
僕はこの映画をどう捉え、一体何を思えば良かったんだろう。

きっと、誰が見ても戸惑いが付きまとうような作品なんだろうし、見た人それぞれが違う何かを思う作品なんだろう。
「近親愛」というタブーも含んでいるし、露骨な性描写に嫌悪感を抱く人もいるだろう。

ただ、主役二人の演技は本当に素晴らしい映画なのも間違いない事実。
そして、ふたりの心情に寄り添うような「カット割」「カメラワーク」も見事で、「誰かの心、しかもその人にとって一番の恥部を、図らずも覗き見してまったような<気まずさ>や<居心地の悪さ>」を味わえるという意味で、すごい映画なのは間違いない。

まったくスッキリしないし、「後味が悪かったのかどうか」すらもよくわからなかったりで、なんともオススメしにくい作品ではあるんですが、個人的な感覚からいえば間違いなく観てよかった。
そして、この映画を見て何を思ったのかを誰かと話したいと思った。

そうか!
「スッキリしないから誰かと話したい。」
観た人に、そういう当たり前のコミュニケーション欲求を思い出させる映画だったのかもしれないな~。

おまけ

キャリー・マリガンが歌う「ニューヨーク、ニューヨーク」。

『ドライヴ』『わたしを離さないで』など映画のおかげもあるのかもしれませんが、キャリー・マリガンかわいい。。。

兄妹の状況を表しているような曲で、いやー、泣けてきます。。

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