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ドーン (講談社文庫)
平野 啓一郎講談社 |
作品概要
2012 講談社文庫 656ページ
(2009年刊行した単行本の文庫版)
著者:平野啓一郎
<あらすじ>
人類初の火星探査に成功し、一躍英雄となった宇宙飛行士・佐野明日人(さのあすと)。しかし、闇に葬られたはずの火星での“出来事”がアメリカ大統領選を揺るがすスキャンダルに。さまざまな矛盾をかかえて突き進む世界に「分人(ディヴィジュアル)」という概念を提唱し、人間の真の希望を問う感動長編。
感想
2010年の『虐殺器官』(伊藤計劃)、2011年の『新世界より』(貴志祐介)と、ここ数年の和製SF界はアツい。
ただ、上記は両方共かなりの傑作だったんだけど、そこにほんの少しだけ不満があった。
というのも、『虐殺器官』はまだしも、『新世界より』ってほとんど寓意が込められてなくて、純粋に「エンターテイメント小説」として書かれているんですよ。
でも、やっぱりSF小説の魅力って、「フィクションを通して、現実世界の“問題”を提起するところ」にあったりするわけじゃないですか。
そういう意味で、本作『ドーン』は、文章には拙さを感じる部分があるとはいえ、現実世界の問題を浮き彫りにするような“古典作品にも通じるSF的魅力”にあふれた一冊だった。
と同時に、生き方のスタンスとして「こうありたい」と思えるような文章にも出会える作品で。
僕の個人的な体験として、これは読んでよかった!ストーリーとしては、「火星への有人探査」というSF小説として華やかなテーマながら、あえて“その後”にスポットを当てた構成が新鮮。
主人公の明日人(あすと)は火星探査を成功させた英雄なんだけど、火星探査のミッション中に起った“あるコト”に対する後遺症のような苦悩を抱えていたり、震災で亡くした息子をAR技術で生まれ変わらせ、それを愛でる妻との関係性に問題を抱えていたり。
個人レベルだけではなく、国家レベルでも、人類は幸福な未来を生きているわけではなく、今よりさらに複雑になった世界の中で、みんな悩みながら生きているという世界が舞台。
華やかな未来像ではなく、あくまでそこに生きる“人間”を中心にした物語が生々しく迫ってくるような物語は、息苦しささえ感じさせる。
ただ、前述したように、文章自体にはちょっと読みづらさを感じる部分があって、「日本人作家のはずなのに、文体が翻訳本っぽい」とか、「三人称で書かれてるんだけど、文章の視点と登場人物の距離が安定せず、誰に寄り添ったエピソードなのかが掴みにくい」なんてところで、気持よく読み進められない文章だった。
まあ、本書の世界観の「息苦しさ」を表現するためにあえて読みにくく書いているのかもしれなくて、それならスゴイ!!って話なんですけどね。
それはさておき、冒頭にも書いたように本書の魅力は、「フィクションを通して、現実世界の“問題”を提起しているところ」。
もっと言うと、「フィクションを通して、“現実”を描いているところ」にある。
具体的にはこうだ。
本書は、主人公・佐野明日人という宇宙飛行士の苦悩の話を主軸に進んでいくわけなんだけど、そこにアメリカ大統領選という世界に影響を与えるような出来事が絡んでくる。
民主党の大統領候補グレソン・ネイラー、共和党の大統領候補ローレン・キッチンズの二人は、演説やPR映像といった“表舞台”だけでなく、もっときな臭い“裏舞台”でも対立を続ける。
終盤に向けて、演説による対立は熾烈を極め、クライマックスである大統領選の当日を迎えるんだけど、このあたりはSF小説というより、演説小説(そんなジャンルがあるのかわからないけど)といった感じだ。
両候補のうち、共和党の大統領候補のキッチンズは、いかにもアメリカンなマッチョイズムあふれる男で、いわゆる「アメリカらしいアメリカ」を体現したような人物。
一方のネイラーは、「アメリカは変わらなければならない」「人類は、今こそ一歩進むべき」という理念をもった人物だ。
東アフリカでのテロ戦争という消耗戦を続けている作中のアメリカでは、
と、安易に戦争反対を唱えることの愚かしさを説くキッチンズの方がやや有利な状況が続いている。
僕もまた、あまりにパワフルなキッチンズの意見に感化されそうになり、「ネイラーは甘い!理想論じゃ世界は変えられん!」なんて考えてしまって。
戦争で儲かるなどと言ってるバカ者どもは、二十世紀で時計が止まっておる。国家の正規軍相手に<大きな兵器>をぶつけあって、際限もなく消費していた昔の戦争とは違うのだ。特需などあるものか!だから、どの国も積極的に東アフリカに介入しなかった。資源があったとしてもだ、勘定が合わんのだ。もうちょっと安定したら、もう少しマシになったら!結局、それまで見ているだけだった。
対テロ戦争で一番金を食うのは人件費なんだ。血だ!それに対して相手はどうだ?他の産業と同じだ。タダ同然の低賃金兵士たちを劣悪な条件で、際限なく使いたい放題だ。あちこちで掠奪しながら!カミカゼ・アタックのような、我々文明国には、絶対に許されないよう戦術を、宗教的な信念から、無償で買って出るような人間がゴロゴロしている。いいか、それが現実だ。 ー 461ページ
とか、
なんていう演説に、「そうだよな。戦争は良くないことだけど、必要な場面もあるよな〜」とすら思い始めてしまっていた。
でも、やがてその意見をネイラーが打ち破っていくのだ。
その演説は、キッチンズの演説に比べるとかなり抽象的で、頼りない。
それでも、ネイラーの言葉は人間賛歌に満ちていて、「ああ、僕はこの人に着いて行きたい!」と思わせるような、ちょっと宗教的な魅力を放ち始めるのが、ネイラーという人物なのだ。
作中で、ネイラーのPRに関わっているケインという男が、こんなことを考える。
ケインはずっと、そのことを、アメリカの卑屈な反エリート主義であり、嘆かわしいルサンチマンだと思っていたが、この時突然、それが民主主義という政治体制に於いては、決定的に重要な意味を持っていることを理解した。頼りなさがなければ、どうして熱心に応援するだろうか?どうして自分たちに関与する余地があるだろう? ー 483ページ
これは本当に「なるほど!」と思える言葉だった。
だって、まさに今、日本の芸能界で目の当たりにしている現象って、コレそのものじゃないですか!
AKB48を最初に見た時、「え?この子がセンターなの?」って思ったし、「普通に考えたら、どう考えても篠田麻里子が一番キレイで可愛い顔してるのに?」って思うじゃない。でも、そうはなっていないわけで。
それは、AKBをはじめとする今のアイドル人気が、ここで語られる民主主義そのものだってことなんですよ。
「支えなければならない」存在。「頼りない」からこそ熱心に応援したくなる存在。だからこそ、総選挙だったりじゃんけん大会だったりが“自分たちの問題”になって、あれほど多くの人間を巻き込むイベントになっているわけなんじゃないだろうか。
もし、例えば本書を読んだのが5年前だったら、ここでネイラーが支持を集め始めることに「そんなわけあるかい!」と思ったのかもしれないけど、ここ2年くらいのAKBの人気を見ていると、ネイラー支持の気持ちも非常にすっきりと理解できてしまった。
というわけで、フィクションとして語られるエピソードを通して、「なぜ、AKB48が人気があるのか?」という、ずっと感じていた疑問の答えまでをも寓意として含んだ本作『ドーン』。
作者の意図通りかわからないけれど、こうやって「現実の見方」にまで影響を与えてくれるってのは、やっぱりSFというジャンルの圧倒的魅力なんだということを再確認できた。
と、同時に、『セント・オブ・ウーマン』とか『英国王のスピーチ』といった映画が好きな僕は、「スピーチがクライマックスになる作品が好き」という、自分の好みも再確認するいい機会になったのでした。
最後に、これまたネイラーの演説の中から、僕の中で非常にグッときた一節を。
「お前の意見は理想論だ!」的なことを言われた時に、ネイラーが返した言葉だ。
近年、ネットサーフィンをしていると、2chまとめブログ、Twitter、ヤフーコメントなんかで、「○○すぎワロタwwwww」みたいな表現を目にする機会が本当に多くて。
かくいう僕も、「○○すぎワロタwwwwwって言いたい」「自分は1ミリも努力せずに、他人のことを見下したい」という欲はあるんだけど、、、
でも、やっぱりそうはなりたくないんですよ!
だからこそ、この言葉を、これからブログを書く時に心のなかに持ち続けておきたいと思った。
熱意をもって、“何かを生み出す”ことのできる人間になるために。
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ある意味、本作の真逆。エンターテイメント小説としては100点だけど、SF作品としての寓意はゼロのSF小説。これはこれで超おもしろい!
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